そうか、あの時徹に出会わなければ今の私はいない。
こんな風に穏やかな気持ちで桜を愛でることもなかったと思う。

「あの時、偶然見かけた乃恵の後を追ったんだ。もしかして陣の妹かもとは思ったけれど、何の確信もなかった。それなのに、後をつけて、声をかけて、無理やりマンションに連れて帰った」
少し照れながら話す徹を私は見つめていた。

「一歩間違えば犯罪者ね」
「ああ、そうだな」

私はあの時、誰かにすがりたかった。
1人で立っていられないくらい、限界だった。

「乃恵が陣の妹だってわかって、陣が怒っているのも知って、一度は離れようと思ったんだ」
「うん、私もそう思った」

私は徹の重荷になるだけで、何の役にも立たないと知ってしまったから。
自分の存在意味すら見失いかけていた。

「でも、この思いは止められなかった」
「うん」

「たとえ世界中が敵に回っても、俺は乃恵がいてくれればいい。来年も、再来年もここで花見をしよう」
「うん」

どちらからともなく手を伸ばし、私たちは抱きしめあっていた。
唇が重なり、もどかしく絡まっていく。

私たちは夜桜の色香に惑わされた。