切ないほど、愛おしい

桜っていうのは木になるわけで、当然お花見は見上げてするものだと思っていたけれど、今目の前にある桜は私の目の高さ。
まるで私たちが桜の中に飛び込んでしまったような錯覚さえ覚える。
それに、この店自体大通りを一本入った先にあったはずで、桜並木なんてなかったと思う。

「一体どうなっているの?」

ククク。
可笑しそうに笑う徹。

「笑ってないで、種明かし」

「はいはい」
そう言うと、徹は私の手を引きガラス戸を1枚開けた。

うわぁー。
本当に手が届きそうな桜の花。
春の夜風に乗って桜の匂いまで部屋に入ってくる。

「わかる?」
「何が?」

「桜の香りと一緒に線香の匂いもするだろ?」

ええ?

ああ、確かに。
そういわれれば、お香の香りが少し。

「この店の裏手には大きな寺院があってね、その敷地に桜の木があるんだ。たまたまこの家を相続したオーナーが店を始める時にどうしても桜を取り入れたくてこんな部屋を作ったってわけ。要は借景だな」
「借景?」
「ああ、桜がよく見えるように敷地ぎりぎりに店を立てて、床の高さも桜に合わせて少しだけ高くしてある」
「へえー」

だから、まるで桜の中にいるような気になったんだ。