「美味しいです」

嘘ではなく、本当にうまい。
確かに癖があって、普段飲むコーヒーとはまるで違う飲み物だ。

「よかった、そう言ってくれるのは香山さんだけです。買ってきた家内も、娘も、『マズッ』の一言で終わりです」

へえー、俺はわりと好きだけれどな。

「大体、この酸味があってさわやかなコーヒーにミルクと砂糖をドボドボと入れて、旨いはずがないのに」

「ええぇー」
思わず声が出た。

それはダメだ。
そんなことしたら、このコーヒーのおいしさが死んでしまう。

「普段は、無添加だ、有機食材だとやかましく言っているくせに、興味がないものには無頓着になれる。女って矛盾した生き物ですね」

「ええ、まあ、そうですね」

まさか山神先生から『女って』なんて言葉が聞ける日が来るとは思っていなかった。

もちろん先生が結婚していることは知っていたし、奥様が有名女優さんだってことも承知している。
でも、そんなことをわざわざ話すような人でもないから、今まで聞いたこともなかった。

「不思議でしょ?」

え?
心の中を見透かされたようで、焦りが顔に出てしまった。