『迷ったら、少しだけ険しい道を進め』それが亡くなったおやじの教えだった。
正直おやじとの思い出は多くないが、楽をしようとするな、ずるいことはするなと育てられた。
だからだろうか、中学卒業の時にも鈴木の家から高校に通うことは考えず1人で暮らすことを選択した。
もちろん社長もおばさんも大反対で説得に苦労はしたが、それが俺なりの決断だった。

今まで31年生きてきた自分の人生に全く悔いがないとは言わない。
それなりに失敗もしてきたし、思い出したくないような恥ずかしい過去もなくはない。
それでも、自分に恥じることなく生きてきたつもりだ。
それが・・・
生まれて初めて、俺は逃出した。



「香山さん、処置が終わりましたのでどうぞ」
病室のドアが開き、看護師が顔を覗かせる。

「はい」
俺は立ち上がって病室へと入って行く。

優しい朝日に照らされてベットの上で目を閉じている乃恵。
点滴も差し替え、病衣の替えてもらってさっぱりしたように見えるが、横になったまま動かない。

「お疲れがでませんか?」

たまたま昨日の夜勤は病棟の師長だったらしく、入院以来泊まり込んでいる俺に声をかけてくれる。

「僕は大丈夫です」
精一杯表情を緩めて答えた。