電話を切り、宿の敷地をフラフラと歩く。

離れから本館へと続く道は人影もなくて、怖いくらいに静か。
物思いには最適だけれど、少し寂しい。
辺りが暗くなったせいか風も冷たくて、ブルッと身震いがした。

そう言えば、昨日から薬を飲んでいないんだった。
着の身着のままでここまで来てしまった私は数回分の薬しか持ち歩いていなかった。


夜露に濡れた石畳の上を歩きながら、私は考えを巡らせる。

あの日、お見合いの席に私がいなければ、徹さんのお見合いはうまくいっていた。
仕事だって順調に進んだだろうし、社長さんとの関係が壊れることもなかった。
私は徹さんといることで凄く幸せだけれど、でも、私は何もしてあげられない。
いつまで生きられるかわからない以上、側にいても何の未来もない。
やはり、私達は共にいるべきではないんだろうか。

あっ。

その時降り出した雨が、顔に掛かった。

ザザァー。
いきなり強くなる雨脚。

「嘘」

傘を持たずにいた私は雨を避ける術がない。
このままでは濡れてしまう。

一瞬考えて、私は走り出した。

離れの部屋は明かりが見えるし、50メートルも走れば着く距離。
走って行けば濡れなくてすむ。
単純にそんな思いだった。
でも後から考えれば、これは自殺行為だったのかもしれない。