切ないほど、愛おしい

「とは言えあいつは優秀だからな、鈴森商事としても手放したくはないだろう。今日だって、徹がいないせいで仕事が回らなくて鈴森商事の重役フロア全体がピリピリしていた」
「お兄ちゃん、鈴森商事に行ったの?」

確かに、お兄ちゃんの会社とも取引があるってきてはいたけれど。

『呼ばれたんだよ、専務に』
「専務さんって、徹さんの幼馴染の?」
『ああ。きっと麗子からお前の話も聞いたんだろう、2人の行き先に心当たりはないのかって聞かれた』

「それで、お兄ちゃんなんて答えたの?」

ここへ逃げてきてからお兄ちゃんにも連絡は取っていなかったけれど、携帯の電源は落としていなかったから探そうと思えば居場所は調べられたかもしれない。

『何の連絡もない。って答えておいた』
「そう、ごめんね」

お兄ちゃんにも迷惑をかけたんだ。

『俺のことはいい。それより、専務も麗子も心配している。このままじゃあ徹は仕事も帰る場所も失うぞ』
「うん」

徹さんはきっと覚悟をしているんだと思う。

『お前が止めてやれ。今ならまだ間に合う。徹を元の場所に戻してやれってくれ。徹を止められるのはお前だけだ』
「お兄ちゃん」

やっぱり徹さんとお兄ちゃんは親友なのね。
どんなに怒っても、徹さんの事を心配しているんだから。


『なあ乃恵。こんな形で逃出して、お前は幸せになれるのか?』
「それは・・・」

『俺はな、お前が幸せでいてくれればそれでいい。たとえ徹が路頭に迷うことになっても、それがお前の望みなら文句は言わない。でも、違うだろう?このまま逃げ続けて、徹が今の生活を全て失うようなことになれば、お前はきっと後悔するはずだ』

「そう、ね」
その通りかも。

徹さんと気持ちが通じて凄く幸せな気分だったのに、私はお兄ちゃんの言葉で現実に引き戻された。