切ないほど、愛おしい

1時間近く走って、着いたのは小さな温泉街。
何件か旅館が並ぶ中で、一番立派な宿の前でタクシーが止る。

「ここ?」
思わず見上げてから、徹さんに声をかけた。

「ああ。知り合いの宿なんだ」
「知り合い?」

少しだけ不安になった。
お見合いの席を途中で飛び出した徹さんを、きっとみんなが探しているはず。
知り合いの宿に来てしまったらすぐに見つかってしまうんじゃないだろうか?

「大学時代の同級生の実家だから、誰にも見つからないはずだ」
「そう。それならいいけれど」


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
ほぼ手ぶらでやって来た私達を、笑顔で迎えてくれた女将さん。

「すみません、お世話になります」
徹さんと並んで挨拶をした。


その後、女将さんに部屋へと案内された。
広い敷地内に点在する離れの個室は部屋ごとに露天風呂もあり、ゆったりとした作りの二間続き。
畳敷きの和室と、その奧にはダブルベッドの配置されたおしゃれな寝室がある和洋室。

「高そうな部屋」
女将さんがいなくなってから、つい呟いてしまった。

「いいじゃないか。たまには贅沢しよう」
「う、うん.」

私達は今日、こんな遠くまで逃げてこなくてはならないようなことをしてしまったんだ。
普段の金銭感覚で言うと贅沢すぎて気が引けるけれど、今は考えないでおこう。
まずはこれからのことを考えるのが先だから。