ずいぶん時間が経っても乃恵ちゃんは泣き続けていた。
陣は怖い表情で睨みを効かしたまま。
俺の部屋のリビングは、重い空気が充満している。

俺は、長谷川陣という男をよく知っている。
こいつにとって妹がどれだけかけがえのない存在なのかも、大切にしてきたのかもわかっている。
だから、この怒りは当然のものだと思う。

「乃恵、帰るから支度しろ」
しばらく携帯でどこかに連絡を取っていた陣が、ソファーから立ち上がった。

「帰るって、どこへ?」
さすがに、俺も聞き返した。

住んでいたアパートも解約してしまったし、ホテルを取るにしても、陣のマンションに行くにしても何の用意もしていないだろう。
どうするつもりだろうか?

「俺のマンションへ連れて行く」

「えぇー」
不満そうな乃恵ちゃん。

「行くぞ」

どれだけ反対したところで、陣は聞かないかもしれない。
でも、退院したばかりの乃恵ちゃんにできるだけ負担をかけたくない。

「今晩だけここに泊めたらダメか?」
ダメ元で口にしてみた。

「え?」
驚いた顔をする陣。

「ここなら着替えもあるし、布団だってある。何なら陣も泊っていけ」
それが乃恵ちゃんにとっても一番良い方法だと力説した。

苦虫を潰したような顔をして、陣は考え込んでしまった。