桜が舞い散る入学式からはや数ヶ月。
思春期真っ只中というはずなのに、一体どういう訳なのか、脳内はそう簡単にピンク色には染まらなかった。

雀の涙ほどしか泣けなかった小学校の卒業式がすでに懐かしい。地元の中学校に進学したが為に、顔見知りの人達もチラホラ見かけるなかで、新しい生活、いやニューライフとやらは思いの外あっさりと幕を開けた。

「、、、、、ふぁ。」

一番前の窓際付近の席から外を見渡せば、7月らしい気温の高さとお昼どきの日差しの強さを感じて、不思議とあくびが出た、そのとき。 

「蜜柑ちゃん、ここ分かる〜?教えて〜〜!お願いっ!」

隣の席の女の子から声を掛けられた。

「うんいいよ〜〜。どこ〜?」

と私は気さくに応じながら、女の子のプリントを受けとる。

(可愛いなぁ〜〜)

内心そんなことを思いつつ、隣の席の女の子の顔をぼんやりと眺めてしまった。

「、、、ん?なぁに?」

そんなこちらの視線に反応して、ふんわりと彼女は微笑みを浮かべていた。

「、、、ううん。なんでもないよ。」

何事も無かったかのように、プリントを覗き込んでくる彼女に勉強を教える。

彼女の苗字は桜花さん。さくらばなと書いて、おうかと読むらしい。そしてお名前は、桜ちゃん。もちろん、読み方はさくらちゃん。

おうかさくらちゃんは、本当に可愛かった。
見た目もさることながら、名前まで可愛くて私とは何もかもが正反対だ。

私の苗字は蜜柑。さっき呼ばれたあれが苗字で、名前は雪。フルネームがみかんゆきって、なんだか食べ物みたいで変な名前だ。

「なるほど〜〜。そういうことだったんだぁ〜。蜜柑ちゃんありがと!」

そう言って、彼女はニコッと白い歯をこぼして笑顔をみせた。

男の子ならきっと、誰もがドキドキしてしまいそうな魅力的な笑顔だった。

「ううん。全然大丈夫だよー。どういたしまして!」

(なんかいい匂いする、、髪の毛サラサラだ、、リップ可愛いなぁ、、)

別に男の子でもないのに、ドキドキしてしまいそうな自分に気付いて、ちょっと恥ずかしい。

私とは違って高身長だし手足が長くて、胸も多分正確には分からないけれど、同年代の中では結構あるように思えた。

おまけにまつ毛が長くて綺麗な二重。ふっくらとした血色のいい頬は余計に彼女の肌の白さを際立てているように思えた。

清楚で、可憐で、儚く消えてしまいそうなーーまるで朝ドラのヒロインみたいな透明感。

私もこのルックスだったら、青春満喫できただろうか。名前も知らない誰かに告白されたり、デートとかして、友達に恋愛相談なんかしちゃって、舞い上がれたのかもしれない。

ーーーーだけど、現実は冷たかった。

そろそろ夏休みが近づいてきても、まったく嬉しくなんてならないし、きっと特別な事なんて何も起こらないに違いない。

いつものように勉強して、家事の手伝いなんかして、塾に通うだけの淡々とした日々。

今年のやけに暑い夏を、どうやって乗り切ろうかーー。そんな事ばかり考えていたんだ。