初恋前夜

「女子には目もくれないバスケバカが言うな」
「ひとを呼び寄せといて、ひどい言い草だな」
 喜怒哀楽の欠落した楓は、それでも平然としている。
「ちょっと緊急事態」
「んな大袈裟な」
 大袈裟かどうか、お前の反応しだいでケリがつくんだよ、楓――。
 僕はそう心でつぶやく。
 ゆずきはともかく、さっきしゃべった一穂までが僕の妄想だとしたら、これはなかなかの緊急事態だ。いまが夢なのか現実なのか、僕はもう、自分の意識に自信が持てない状態になり始めている。
もはや頼みの綱は、楓ただひとり。
 こいつ、クラスにおいてはあざとく人当たりのいい男で票を稼いでいる節もあるが、僕の前では絶対に演じない。
 ときにディスり、ときに蔑み、ときに毒を吐く。(いや、全部ネガティブだし!)