初恋前夜

 図書館に行けば読めますよ、というレベルの刊行数でもあったので、ほとんどの人間は僕の書いたものを読んでいなかったのだが、そういえば楓だけは、ご丁寧に直接感想まで報告してきた。
 たしか、ディストピアのなかにメルヘンが入ってて斬新、だとか、漢字にカタカナルビはさすがにキザすぎだとか、こいつにしては珍しく饒舌だった気がする。
そして――だ。
 処女作のいきなりの受賞に舞い上がったのか勘違いしたのか、僕は自分の創り上げた世界をみんなにも知ってほしいと思ってしまった。
「――図書館の隅っこにひっそりと置かれた物語でなく、今度は生身の人間に演じてもらいたい。たくさんのお客さんに観てほしい」
 そんな願望というか、もはや妄想レベルの夢を、たしかに楓に語ったのだ。
「そう、入学式の日、コウ少年は言った」
 楓はナレーターのような言い回しをした。
 なんかその返し、イラつくな。
「しかしコウ少年には、ひとつ忘れていたことがあった」
 なんだよそれ。