「ゔぁっ!」
頭に鋭い痛みが走る。
足にも、手にも、腕にも、膝にも。
全身が固いものに打ち付けられた。
目の前には砂利。
そしてすぐ近くに今まで眺めてた川がある。
階段から落ちた。
いや、
落とされたんだ。
「まだ生きてんの?しぶといやつ」
聞き覚えのある声と、足音。
冷たくて低い声色に寒気がする。
声の主は私とお揃いの、レモンの髪飾りをつけていた。
ーーーーーねえ、なんで?
「な、なんで、なんでなんでなんで!?」
その顔には見覚えがある。
ずっと近くで見てきた。
ずっと憧れていた。
「ねぇ、なんで?
" ナツキ " !!!!! 」
私がそう呼ぶと、レモンの髪飾りをつけた少女は私を引きずって橋の下へと潜った。
そして私を壁になげつけると、私に覆いかぶさって怪しく笑った。
「"なんで?"それはこっちのセリフだよ!」
ナツキが私の顔を殴る。口の中が切れて血の味が広がる。
「なんでアンタなの?どうしてなんの取り柄もない凡人のアンタなの?
どんな手を使ったんだよ卑怯者!!」
さらに殴られる。頬がジンジンして、痛みというより痺れに変わってきた。
「どうやってユウキを手に入れたんだ!!!答えろ!!このクソビッチが!!」
ユウキを手に入れる?ビッチ?
確かに、ユウキと二人きりで校舎で過ごした。
手も繋いだ。
でもそれだけ。付き合ってるわけでもないし、距離だってナツキの方が近いじゃないか。
「なんだその顔は。まさか気づいてなかったの?鈍感も度がすぎると、もはやサイコパスだな」
ナツキが手に持ってるのはシャーペンだ。
イライラするといつもカチカチ鳴らす。
この音が、実はずっと嫌いだった。
負の感情を体現するような音が、私を責めるような音が。
「認めたくないけどさぁ、ユウキはおまえのことが好きだったんだよ、それに気づかないで、おまえは!そうやって無自覚に人のものを奪っといて、それなのに、私に憧れてるとか言っちゃってさあ」
ナツキは私の腕を壁に押し当てて、シャーペンの先を突き刺した。
何度も何度も何度も何度も、雨みたいに腕に鋭い痛みが降ってくる。
「ぁは、あぁぁはははははは!!!穴だらけ!もぐらたたきみたい!!もっともっと増やしてやるよぉ、喜んで?ね?
ほらほら!!この腕!私もお揃いだからさあ!!見てよ、アンタが憎くてこんなに穴空いちゃったんだよ、アあぁはははははは!!!」
そしてまた、感覚が消えていく。
腕がどうなってるのかも、もうわからない。
私はもう悲鳴をあげることにすら疲れてしまった。
一瞬、目の前にいるのはナツキじゃないんじゃないかって思った。
でも、さっきのユウキに感じたような違和感は何もなくて、むしろ全て筋が通ってるような気がする。
ナツキはずっと、私が憎かったんだ。
ぼーっと生きてる、なんとなく生きてる私が。
ナツキはきっと、私よりずっと前からユウキのことが好きだったんだ。
そのために努力してたんだ。
なのに、なんとなく生きてる私なんかに取られたら、そりゃあ嫉妬するよね
あぁ、私ってなんで生きてるんだろ。
邪魔なだけ、煩わしいだけだったじゃないか。
私がいなかったらきっと、ユウキは肝試しをしなかった。
私がいなかったらきっと、二人は結ばれていた。
私がいなかったら……
「バカにしてんのかよって思うよね?馬鹿にしてるよね?私のこと見下してんだよなぁ?
なぁなぁなぁ、なんか言ってみろよ!」
ナツキは私を攻撃する手を休めた。
ずっと感じていた刺激が止まったことで、蓄積された痺れとか疲労感がどっと押し寄せる。
無意識に息を止めてしまっていたので、呼吸が何とも苦しかった。
「……ゴホッ………ね」
咳とともに、赤い液体が吐き出される。
ドラマとかでよく見るシーンじゃん。と、他人事みたいに感じてしまう。
「ご……ごべ、ごぇん、ね」
ずっと邪魔だった。
私はいらない存在だった。
そう思い込むことでこの痛みを受け入れた私は、ひたすら謝ることしか考えられなかった。
ごめん、ごめんね。
血を吐いてる口でうまく言えてるかわからないけど、謝罪の言葉を何度も繰り返した。
そんな私を見て、ナツキは大きな舌打ちをする。
何か叫びながら私を蹴ったり踏んだりする。
もう、意識も何もかも遠くなってくる。
「なんでっ、なんで!なんでお前はそうなんだよ!この偽善者が!
なんでそんなに………くそ、くそっっ!!」
ナツキは急に地面を蹴ってしゃがみこんだ。
あんなに私をボコボコにしたのに、泣いているようだった。
泣きたいのはこっちなのに。
「お前みたいになりたかった……脆くて、可愛くて、優しくて……
ユウキに好かれるような、守ってやりたくなるような奴に……」
ナツキは何かに縋るように呟くと、スイッチが切り替わったみたいに私のことを抱き寄せた。
力が強い。痛い。
「ごめんね、ごめんね。アオイ……」
DV彼氏ってこんな感じなのかな。
自分勝手にストレスをぶつけて、落ち着いたら自分勝手に許しを乞う。
ひどい。私だって、ナツキみたくなりたかったのに。
だけどナツキを蹴落とそうとか、貶めようとか、そんなこと一度だって考えなかったのに。
成り代わろうなんて、それこそ思わなかった。バカだからそんなこと考えてすらいなかった。
ずるいよ。
「私、あんたみたくなりたくてこの髪飾り買ったんだ。似合わないけどさ。
そしたら、帰り道であんたとユウキが楽しそうに歩いてるの見て、それがすごくお似合いだったから……悔しくて」
すすり泣きながら言い訳をするナツキ。
でも、その話は少し興味深かった。
「そしたら、アンタ、私に気づいて逃げ出したでしょ?
やましい気持ちあるのかなって思って、もしかして、アンタはわたしからユウキを奪ったって自覚してるんじゃないかって、
ずっと馬鹿にしてたんじゃないかって」
そんなわけないのにね。とナツキは涙声を振り絞った。
じゃあ、あの時私の後ろにいたのは私のドッペルゲンガーとかそういうのじゃなくて、
私の真似したナツキだったんだ。
そっか。
なんだか安心したら、涙が出てきた。
それなら、もしかしたら、ユウキもドッペルゲンガーの事忘れてただけかも。
あんなに宿題に集中してたし、切りかえられてたのかも。
なんだ、杞憂だったんだ。
よかった。
