こんにちは、ーー。



あれから数日が過ぎて夏休みになった。




梅雨が明けたと思ったら、30度を超える暑い日が続いて、もう干からびそうだ。

昼間まで部活。午後は塾の夏期講習。

そうやって、夏休みまで生活のサイクルが決まっていてうんざりする。




蝉がやけにうるさいある日、塾の帰りに立ち寄ったコンビニでユウキにあった。




「アオイじゃん、塾の帰り?」


「うん。アイスでも食べようかと思って」


「まじ?俺のも買ってよ」


「もう、たからないでよ」



ユウキはにしし、と笑う。

なんだか、ナツキに接する時みたいな扱いをしてくるようになったな。

これは心の距離が縮まった……って考えてもいいのかな。



「どうよ勉強の方は?順調?」



「人ごとみたいに……ユウキの方がヤバいんじゃない?宿題いつもサボってるじゃん」



「ふふん。それがよ、見ろよ」



ユウキはカバンから数学と物理と英語表現のワークを取り出す。

パラパラとめくると、宿題で出された範囲の空欄は全て埋めてあった。




「えっっ、うそ。三教科も終わってるの?夏休み始まったばっかなのに!」



「今年の俺は一味違うんだよ。やればできるんだって証明してやるぜ」





まずい。

私ですら得意科目の古典と現文しか終わってないのに。

能ある鷹は爪を隠す…ってやつ?


感心しながら公園に向かって歩いていくと、駅前の噴水に自分たちの影が映った。




なんとなく、肝試しの鏡のことを思い出してしまう。




「ねぇ、そういえば、あれからどうなの」


「ん?なにが?」


「ドッペルゲンガー…がなんとかって」





なんだか少し、その言葉を出すのを躊躇してしまう。

やっぱり私は怖いんだ。あの鏡の前の出来事……気のせい、を感じた時から。ずっと。



ユウキはしばらく考えるように空中を見上げていた。そしてやっと重い口を開いた。





「ごめん。なんだっけ、それ」











ーーーえ?



私はすごい勢いでユウキを見た。

ばっちり目が合う。ユウキは少し驚いた様子で視線を逸らした。




「あー、ごめん。いま思い出したわ。うん、大丈夫だよ」




嘘だ。




今の間は絶対におかしい。


そんなすぐに思い出せないことじゃないはずだ。だって、あんなに怯えていたのに。



ショックで忘れた?

恐れないために心に蓋をした?


それとも、今、わたしの目の前にいるのは……






「ねぇ。本当に、ユウキ……なの?」







気管が詰まったみたいに、うまく呼吸ができない。

震えて掠れた声でそう尋ねた。





「ん、どうした?ごめん、よく聞こえなかったんだけど……」




やめて。

目の前の「こいつ」が言葉を発するたびに、ユウキとは違う、うまく言えない不気味な違和感を覚える。

離れたくて、逃げたくて、わたしはユウキの姿をした何かから距離を取る。




「なぁ、どうしたんだよアオイ。変だぞ?」




やめろ。


ユウキの声でわたしを呼ばないで。

目の前のコレが、もし、ユウキじゃないなら、

ユウキは?ユウキはどこに行ったの?




涙が出そうなのをぐっと堪える。

すると、不思議そうにわたしを見てたユウキの目が、わたしの後ろの方を捉えた。





「ん?あれ……?」







寒気がする。



わたしの背後になにがあるのか、なんとなく想像がついてしまった。


あぁ、なんで、怖い時に怖い想像が広がってしまうのか。


恐怖を拡大させるだけじゃないか。






「なんでアオイが」





「いやぁぁぁああ!!!」







ユウキの言葉を最後まで聞かずに私は走り出した。

どこへ向かえばいいのか、どこに行けばいいのかわからない。



でも、とにかく走った。

転んでも立ち上がって。

人にぶつかっても謝らないで。



とにかく遠くへ、遠くへ向かった。




「はぁ、はぁ……」




本当に随分遠くまで来た。

ようやく足を止めたのは、県境の橋が見える遊歩道だった。

夕日が傾いて、辺りが薄暗く染まっていく。

ユウキと夜を待っていた、あの日の教室で見たようなオレンジの光に包まれる。


帰りはどうしよう。親はまだ仕事だし、バスかタクシーを使わなければここから帰ることは難しい。





とりあえず、休もう。足が痛い。

河川敷の階段に腰掛けて、もう液体になったアイス"だった"ものを飲む。



「もう……どうしたらいいかわからないよ」



情報に頭がが追いつかなくて、混乱どころか脳が大渋滞だ。そのせいで、涙すら出ない。



ふと、川を見る。



あの橋から落ちたら、どうなるんだろう。

骨折するかな。

死んじゃうのかな。



霊に襲われるのは「怖い」って思うのに、

身投げのことになるとどうしてこんなに簡単に考えられてしまうんだろう。



それはきっと、現実でもよくあることだからだ。



ニュースでもなんでも、霊に襲われて死ぬなんて聞いたことがない。

だからきっと、誰にも見つけてもらえない気がして嫌なんだ。




だったら、みんなに見えるとこで残したい。

自分が生きてきた証を……




「もし、死ぬなら、誰かに見つけてもらいたいな」



死なんて、ずっとずっと先のことだからあまり考えたことなかった。

でもやはり、一人でこの世を去るのって、きっと寂しいんだろうな。



……なんて、


誰も聞いていない、独り言のつもりだった。











なのに、























「……へぇ。じゃあ死んでみる?」













声が、したんだ。