「おはよー」
次の日、
ユウキもナツキもいつも通り学校に来ていた。
二人は今日も何かで言い合いをしてるらしい。
「だーかーらー!俺は寄り道なんてせずにまっすぐ学校に来ました!」
「はぁ?公園の滑り台でぼーっと立ってたじゃん。あれ絶対ユウキでしょ?声かけたけど無視されたし、まじ意味わかんない」
「俺が無視すると思う?他人の空似だって……あー!アオイ!聞いてくれよ、こいつ訳わかんないんだよ!」
ユウキが公園でたそがれていたという目撃情報は、ナツキ以外からも聞いていた。
私は実際に見た訳じゃないけど、みんながみんなユウキだと断言してるのに
当の本人がこれなのは、少し違和感がある。
「なぁー、本当に俺普通に学校に来たんだぜ? 信じてくれよー……そもそも俺は朝練があるから先に学校に来てたんだぜ。公園行く暇なんかねーっての」
「まぁ、確かにそれはそうね……うーん。やっぱそっくりさんなのかな。この世には3人同じ顔の人がいるっていうし」
朝練があったなら、ユウキの言ってることが本当だろう。
現にユウキのチームメイトはユウキが練習に来たことを分かっているし、それが何よりの証拠だ。
「あ、もしかしてドッペルゲンガーとか?ま、あり得ないけどね」
ドッペルゲンガー……
確かこれも迷信みたいなものの1つで、自分とそっくりな姿をした人に会うと、
数日後に本物の自分が死んでしまうとかなんとかって話だ。
悪口をいえば助かるとかいろんな噂はあるけど、結局迷信だし私は信じていない。
でもなんでだろう。ドッペルゲンガーもそうだけど、ユウキとそっくりな誰かがいるって話、
……なんだか嫌な感じがする
昨日の鏡の時と、同じような。
正体不明の恐怖感。
そういえば、昨日も私は私にそっくりな何かを、鏡の中で……
いや、あれは私だ。
でも、本当にあれは鏡に写った私なのかな。
変だと思ったのは、本当に見間違いなのかな。
ぐるぐると、嫌な想像が頭を駆け巡る。
もし、あの鏡の向こうの存在がドッペルゲンガーだったら……
私とユウキは………!
「アオイ。聞いてる?」
「えっ!?な、なにを!?」
「はぁ、なにも聞いてなかったんだね?ずっと話してんのに」
見渡すとユウキはいなくなっていて、
私の目の前にはむくれた顔のナツキだけがいた。
「その髪飾りってどこに売ってたの?って話してたんだけど。ほら、レモンとかフルーツ系ってかわいいし珍しいじゃん。でもそこまで子供っぽいわけでもないし、どこの店で扱ってんのかなーって」
「あぁ、これはショッピングモールの、レストラン街の近くの雑貨屋さんにあったんだ。ほら、かどっこの、少しアンティークなかんじの店」
「へー。あそこってそういう可愛いのも置いてあるんだ。いいじゃん。アオイは、その店よく行くの?」
ナツキはおしゃれにも詳しいから、こうやって店とかを聞かれるのは少し誇らしいというか、
ナツキに頼られると普段の倍嬉しかったりする。
勉強も運動もナツキの方ができるし、ナツキと私を比べたら、私なんてナツキに劣る部分しかないから。
「ねぇ、アオイはさあ、いいよね。ぼーっと流されてれば誰かが守ってくれるんだからさ」
「え?」
なんだろう。
今のナツキの言葉がナイフを突きつけるみたいに冷たくて、体に緊張感が走った。
口が悪いのも嫌味っぽいのも、いつものことなのに。
「んーん。なんかちょっと、いいなーって。私と違って可愛いの似合うし」
「何を言ってるのさ、ナツキはモデルみたいにスタイルいいし美人だし、入学してから何人に告られたか覚えてないの?」
「あんなの顔につられるだけのゴミ男どもよ、ステータスになんてならない」
さすがモテ女は言うことが違うなあ。
相槌を打ちながら笑っていると、教室のドアが勢いよく開かれた。
「なぁなぁなぁ!会っちまったよドッペルゲンガー!自販機で飲み物買ってたらさぁ、俺がいたんだよ!」
「うるさいよ、とりあえず落ち着いてくれる?」
ユウキは興奮した様子で息を途切れさせながら言葉を紡いでいる。過呼吸になりそうな勢いだ。
走って真っ赤になっているのに顔色は真っ青で、見るからに大丈夫ではなかった。
「お、俺……死ぬのかな?」
震える声でユウキが私を見た。
私は、何もいえない。
今、昨日の鏡の話をしたら余計に怯えさせてしまうし。
そもそも、霊とかドッペルゲンガーとか、架空の存在を信じた程で話すのもどうかと思う。
私が戸惑っていると、ナツキがユウキの頭をぺしっと叩いた。
「ばか。ドッペルゲンガーなんて迷信でしょーが。くだらないことで怯えてんじゃないわよ」
「で、でも」
「似てる人間がいただけ。あんたの遠い親戚かもしれないでしょ?バカなこと言ってる暇があったら現実を見なさいよ」
ナツキはため息をつくと、私の方をちらりと見てからユウキに向き直った。
「肝試しとかアホなことしてるから、ドッペルゲンガーとか信じちゃうのよ。これに懲りたらもうやらないで」
「あ、あぁ……」
ユウキは、やけに素直にナツキのいうことを聞いた。
皿を割って叱られた子供のように、怯えた顔をしている。
こんなユウキは初めて見た。
本当に……?
本当に、ただのそっくりさんなのかな?
その疑問は、私を恐怖に落とし込むだけなので蓋をすることにした。
ナツキのいうとおり、なんでもない、現実の産物なんだ……きっと。
そう思うことで、
得体の知れない恐怖から心を守ることにした。
