「全く!夜の校舎で肝試しなんて馬鹿なことを考えるから転ぶんだぞ。反省しろ!」
どうしてよりによって熱血体育教師の須藤が見回りだったんだろう。不運すぎにもほどがある。
「特にアオイ!おまえがこんな馬鹿なことするなんて……先生見損なったぞ!」
「ごめんなさい……」
「ちぇー、アオイが転んだせいで須藤に見つかっちゃったんだぜ。反省しろよなー」
「反省するのはおまえもだユウキ!肝試しなんて馬鹿なことを考えやがって!」
タバコの匂いが染み付いた車の中で、私とユウキは家に着くまで延々と説教を聞かされている。
夜だから送ってくれるのはありがたいけど、須藤のことだから親にもみっちり指導するように伝えるはずだ。
家に帰っても怒られるなんて最悪だよ。
……まあ、七不思議を全部まわらずに済んだのは良かったけど。
「でも、見回りは一通り終わってたはずっすよね?なんで学校にいたんすか?」
「あーうん。それは…忘れ物をしたから取りに戻ってだな……」
急にもごもご喋り始めたことに違和感を感じる。
忘れ物を取りに戻ることはよくあることだ。
なのになんで須藤はどもってるの?
「あれ?それってーーーーーーもしかしてこのキャバクラの名刺?」
「なっ!!」
そんな須藤の心の内を見透かしたかのように、ユウキが一枚のカードをぴらぴらと見せる。
須藤は「返せ!」とそれを奪い取ろうとする。
「どういうことかなぁー? 先生奥さんも子供もいるのに、こんな店の名刺を財布に大事にしまい込んでるなんて……」
「ゔ、そ、それは、もらったんだ……」
「じゃあほっとけばよかったじゃん。わざわざ取りに戻るほど?」
先生はぐぬぬ…と頭を抱える。
ユウキはニヤニヤしながら先生に名刺を返した。
「俺たちはー、先生の仕事の手伝いで学校に残ってました!……だよねぇ、せんせぇ?」
なるほど。
キャバクラのことを黙っててやる代わりに、肝試しのことも黙ってろ、ということらしい。
先生を脅すなんて、さすがユウキと言うかなんというか……。
そんなとこも魅力なんだけどさ。
「じゃあアオイ、また明日な!」
先生の車の窓からユウキが手を振る。
わたしも手を振り返す。
今日は色々あった。
怖いことも、楽しいことも。
それに……
手のひらに、今もユウキの温もりを感じる。
変態みたい、かな。
でも、この暖かさに、この感覚に捕われてしまう自分がいるんだ。
お風呂に入って布団に潜っても、
ユウキと手を繋いだ時の記憶が頭から離れなかった。
「ユウキ……好き。好きだよ」
もぞもぞと布団をうごかす音と、扇風機の音だけが聞こえる。
温もりと涼しさに包まれて、私は眠りに落ちた。
何かを刺す音が聞こえる。
硬いものが、柔らかくて水分を含んだ「何か」を鋭利な物で潰している。
「邪魔だなぁ、邪魔だなぁ、邪魔だなぁ……」
だんだん速くなる。そしてその「何か」から液体が溢れて、床を汚す。
「…は、邪魔。消えろ、消えろ消えろ!」
バリーン!
近くにあった鏡が割れて破片が飛び散る。
新しい傷がまた増える。
「アハ、あはははははははっっ!!!!」
空には青い月。
人間を嘲笑うように佇んでいる。
