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「だってさ、夏じゃん?夏と言ったら肝試しだろ」


「ばか。夜の学校なんて危ないし、先生に見つかったら終わりだよ」


「とか言ってさあ、怖いだけなんじゃないの?度胸ねえなあ。ナツキは」



ナツキとユウキはいつも通り、他愛ない言い合いをしている。

仲がいいって、いいな。私はユウキとそんなに言葉をぶつけあったりしないから。




「アオイもなんとか言ってよ。笑って見てないでさ」




ナツキはシャーペンをカチカチと鳴らして、芯を出したり引っ込めたりしている。イライラしてる時によくやる癖だ。




「あ、ごめん。二人のやりとりが微笑ましくてつい」


「なあなぁ。アオイはどうよ?夜の学校で肝試しとかさ、青春ぽくていいと思わねー?」




夜の学校なんて、正直怖いし来たくて来ようとは思わない。

でもユウキと一緒ならどんなことでも楽しめてしまう気がする。



 “青春”は魔法の言葉だ。



その一言で、大抵のことは甘酸っぱい思い出として処理されてしまう。たとえ、禁止されているようなことでも。




「うん。夏らしくていいんじゃないかな」





ほら。私の中に芽生えた恐怖も“青春”という名の魔法にかかってしまえば簡単に消える。

先生に見つかったら、とか、そういう些細な心配すら感じなくなる。

好奇心に塗りつぶされる。




「あんたね。バカユウキに合わせる必要なんてないんだよ。嫌なことは嫌って言いな?」





ナツキは眉をひそめてわたしを見る。

ナツキはしっかり者だから、なんでもはっきりと言う。

自分の意見が簡単に言葉にできるのって、少し羨ましい。




私はふるふると首を振ってみせる。

ナツキは少し困ったような顔をして「アオイもだいぶバカに染まったわね」と吐き捨てた。

私もユウキも、ナツキを振り回してばっかりだ。




「付き合ってらんない。勝手に二人で校舎探検でもなんでもしなよ」




ナツキは乱暴にカバンを背負うと、ガラガラと教室の扉を開けて足早に帰ってしまった。




「ちぇっ、なんだよあいつ」




ユウキは「つまんねー奴」と呟いて伸びをした。

太陽が西へ傾いて、辺りはすっかりオレンジ色に染まった。





「じゃあさ。また学校来るのだるいしさ、夜まで学校に居座っちゃおうぜ。どっかの教室隠れてさ、日直の先生をやり過ごすんだよ」



「あは。なんか悪いことしてるみたい」



「ははっ、そうだよ。悪いことしてんだよ俺たち」





ユウキはいたずらっぽく笑う。にしし、と八重歯が顔を出す。





「だから先生に見つかっちゃいけねえ。これは命がけ……いや、俺たちの成績評価をかけた本気のかくれんぼなんだぜ」




「うん、わかった。絶対に見つからないようにする」




二人で指切りげんまんをする。

小指の先からユウキの熱が伝わって、心臓が高鳴る。





「俺さ、絶対にみつからねぇ作戦考えてんだ。こっちきて」





ユウキはカバンを肩にかけると、私の手を引いて走り出した。




















私たちはまだ知らなかった。



この判断が、この好奇心が。










全てを壊す元凶になるなんて。