彼がいたことに気付かず、独り言をつぶやき歩いていた気恥ずかしさ。好きな異性がいきなり現れた驚き。その両方が、奈緒の顔を真っ赤に染めた。

 さいわい日に日に濃さを増した緑陰に隠れ、その頬の紅潮は、彼にバレてはいなかったが。

「青春してる、っていう匂い……だよな」
 彼が言った。

「うん!」

 風が言葉を運んでくれた。
 奈緒が嬉しそうに微笑んだとき、彼と視線がピタリと合った。それはほんの一瞬。

 奈緒はそのとき、これから始まる日々のストーリーを見たような気がした。

 間もなく訪れる梅雨の季節。今日の天気は、その空模様を連想させていた。
 けれども奈緒の心には、青く清々しい、春の空が広がっている。その空の下で、そっとつぶやいてみた。

「ベタな青春ドラマのヒロインみたい……」

 甘くてちょっと酸っぱい、雨上がりの匂い。奈緒はひとり、それを味わっていた。


ー終ー