溺愛は蜜夜に始まる～御曹司と仮初め情欲婚～

うつむいた梨乃の頭を、侑斗がくしゃりと撫でる。
ピクリと体を震わせた梨乃の頬に、侑斗の唇が触れた。

「あ……」
　
両手で慌てて両手で頬を押さえる梨乃をくすりと笑い、侑斗は難しい話を続けながら自分の部屋に入っていった。
よっぽど重要な案件のようで、部屋に入る間際に見えた横顔は、これまでになく強張っていた。

「結婚式だの競合だの言ってたけど、なんのことだろう……」
　
なんのサポートもできない自分の不甲斐なさをもどかしく思いながらも、ホテルの中枢で扱う仕事に触れるのもなんだか怖い。
結局、自分は単なる偽物の婚約者だ。
こうして侑斗から距離を置かれても仕方がない。

「あ、だけど、侑斗さんはさっきなにを言おうとしてたんだろう」

〝婚約者の振りというのが気になるか？　だったら――〟

電話がかかってくる直前に侑斗が言いかけた言葉が気になった。
梨乃を冷蔵庫に押し付け、まるで食べてしまうような強い視線で動きを阻んでいた。
なのにそれは夢だったのかと思うほど、電話一本であっさり撤退。
あっという間に自分の部屋に籠ってしまった。

「はあ……」

どうすれば侑斗に振り回されずに済むだろう。