その後、軽い打ち合わせを終えた藍香と恭介は梨乃の母親とともにホテルを後にした。
夕方予定されていた梨乃の母のレッスンに藍香が参加したいと言い出したからだ。
『今回も抽選に外れたからあきらめてたけど、ちょっとくらいズルしてもいいわよねー』
聞けば藍香は梨乃の母親の特別レッスンに参加したくて何度も抽選に応募したがことごとく外れているらしい。
梨乃の母から「今日だけ特別よ、婚約祝いなんだからね」と言われたときの彼女の弾けるような笑顔は世界的に有名なピアニストとは思えず、そして母の音楽家としての評価の高さに梨乃はおののいた。
そんなやりとりを傍らで眺めていた村野も同様で、梨乃の母親の影響力に驚き、言葉を失っていた。
侑斗との結婚もあきらめたのか、気落ちした様子で帰っていった。
「諒太が梨乃のお母さんの宿泊料はいただかないって言ってたぞ。それどころか宿泊中ホテル内のレストランでの飲食もすべてフリーだ。お礼とすればまだまだ足りないくらいだけどな」
侑斗はそう言ってグラスに残っていたワインを飲み干した。
藍香たちの結婚式を引き受けると決まり緊張がほぐれたのだろう、侑斗の表情はこれまでになく明るい。

