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「こんばんは。今日も来ちゃった」

「あぁ、おかえり。ゆっくり練習していきなさい」


古くから続く空手道場の『道場の君』の師範は、いつものように「ふぉふぉっ」と微笑んで迎えてくれた。

真っ白な白髪と長いヒゲ、もう80歳を越えるのに現役というのはみんなが驚くもの。

しかし、その動きは若者にも負けないくらい機敏で、鋭い一発繰り出してくる。


そして私はここに通って30年を超える。

あまりにも頻繁に出入りする私は師範代から「おかえり」と言われる仲だ。

ここの師範代とは、幼い頃に犬に追いかけられているところを助けられたことがきっかけで、空手と出会った。

⋯⋯とはいえ、師範代は技を繰り出したわけでもなく、眼力で追っ払ってくれたわけだけど。

見れば白い道着も着ているし、当時の純情な私には神様のように見えた、というわけだ。

それからは鍛え抜かれた精神と、繰り出される美しい柔道技に魅入られて。

毎日のように、ここで訓練生と共に指導を受けるようになっていた。

熱心かつ奇跡的な運動神経を持つ私は、メキメキと成長し、自分の弟たちをなぎ倒し、言い寄ってくる大の男までも投げ飛ばせるようになってしまった。


いつしか私の野暮は、そう。

自分よりも強い男と恋愛結婚することなっていた。


もちろん普通のお付き合いだってしたことがあるけど……なかなかうまくいかない。

喧嘩になったときは、いつのまにかぶっ飛ば⋯⋯いやいや、一本を取っていることが多いのだ。


かと言って、全国大会で何度もメダルを手にしている私より強い男なんていうのは…なかなかいない。

テレビにいるような空手家やオリンピック選手などにそう簡単に出会える訳がないのだ。