そう思って射場が見える位置まで来た私は、弓を引き絞る黒髪の袴姿の男の子に目を奪われた。
 あ……あの人の射形、無駄が一切なくて……キレイ。
 彼の射形――弓を引く一通りの身体の動きや姿勢には、微塵の無駄もない。射形には、その人の性格や心がそっくり現れると聞くけれど……。
 この人は、きっとまっすぐな人なんだろうな。
 矢を引き絞り、的を見据え、弓道用語では『会』と呼ばれる発射のタイミングを見極める動作に迷いがない。
 矢がたくさんあたる人はたくさんいるけれど、弓道がキレイな人は稀なのだ。
「あの矢、絶対に的中する」
 的中――的にあたると、そう確信させる絶対的な安心感が彼の弓道からは感じられた。
 長い静寂のあと、『離れ』と呼ばれる弓道の動作に彼は移った。すべてを解き放つように、矢が放たれる。その瞬間、弓道場を囲むように生えていた燃えるように赤い紅葉の葉が矢道に吹き荒れる。その紅葉の中を突き進む矢は的に吸い込まれるように、パンッと気持ちのいい音を響かせて的中した。
「あっ……」
 やっぱり、あたった!
 私は爆発しそうなほどの気持ちの昂りを感じながら、ぎゅっと胸の辺りの服を握りしめる。
 すごい……すごい、すごいっ。
 こんなに美しくて、正確で、力強い弓道をする人がいるんだ。
 目を惹く鮮やかな紅葉の風の中でも、彼の存在はひときわ輝いて見える。彼の周りの空気が澄んでいるかのように、私の瞳には映った。
 色白でどこか儚さがあるように思えて、きりっとした目鼻立ちが猛々しい男らしさを感じさせる。彼の内から滲み出る意思の強さに、私はすっかり心を奪われていた。
「楓、ごめんなさいね。あら、弓道場キレイじゃない」
 ハンカチを取りに行っていたお母さんが、戻ってきたらしい。隣に立つのがわかったけれど、私は彼から視線を逸らせずにいた。
「楓、聞いてる?」
「お母さん」
「……ん?」