紅葉色の恋に射抜かれて(野いちごジュニア文庫版)

「つまり、『早気』ってことですよね」
 早気は弓道では致命的な心の病気みたいなものだ。気持ちばかりが焦って、早く弦を放したくなってしまうから、早気。筋トレは毎日十分しているから、理由は筋力ではなく、絶対といっていいほど心の問題だった。
 大会前に最悪だ、と落ち込んでいると、葉山先輩は考えるように顎をさすり、それから少しして、私を真剣な目でまっすぐ射貫いてきた。
 な、なに?
 あまりの剣幕にゴクリと唾を呑むと、葉山先輩が一歩、また一歩と距離を縮めてきた。私は矢をつがえていたのでそこから動くこともできず、近づいてきた葉山先輩にぎょっとしつつも、その瞳を見つめ返す。
「……そうだな。六実、弓を構えろ。それから会の状態になれ」
「は、はい」
 言われたままに、私は会――弓を引き絞った状態になる。この段階に入ってから、さっそく弦を放したい衝動に駆られていると……。
「よし、そのままアイスクリームって十回言ってみろ」
「ごめんなさい。私の耳がおかしくなったんだと思うんですけど、今アイスクリームって言いました?」
「ああ、言った。ほら、やってみろ」
 やってみろ、と言われましても……。
 すでにもう放したくて、弦を引く腕がぷるぷると震えている。それでも葉山先輩の目が本気だったので、私はやけくそでアイスクリームを連呼することにした。
「アイスクリーム、アイスクリーム……」
 それを十回言ったあとで、私は弦を離す。すると、パンッと矢が的の中央を射貫いた。それを呆然と凝視したあと、私は葉山先輩に視線を移す。
「あ、あたりました! これって、おまじないかなんかですか?」
「アイスクリームじゃなくても、よかったんだけどな。不安から意識を逸らし、会の時間を長くもたせるためにやってみたんだが……。いい具合に力が抜けて、離れもキレイだった」