「ねー、先生…ねぇ、」

日も沈んでいたから、エントランスの自習スペースには私たち以外誰もいなかった。

解くように指示された問題はとっくに終了しており、だから彼に採点するように言っているのだが。何度呼びかけても返事をしない彼に苛立ちを覚える。無防備に両腕を机に広げて俯せる彼の肩を指で弾く。

「痛っっ!!山口!?なんで殴った!?」
「殴ってないし…気のせいでしょ」

勢いよく顔を上げた彼は、当惑した様に自分の肩を撫でた。そんな彼を他所に、解き終わった問題プリントを彼の目の前に突き出す。暫くそれをぼーっと眺めていた彼だが、漸くその意味を理解したようで

「あぁ、もう終わったの?」
「うん、てかだいぶ前に」
「まじか…俺そんなに寝てた?」
「軽く一日は寝てた」
「えぇまじ…」

なんて間抜けな声と共にそれを受け取った。

眠り目を荒く擦り、眉間に皺を寄せたまま私の答案をペンでなぞる彼を眺めていた。


袖の隙間から垣間見える頼りない腕に、頭を掻く癖のせいでぐしゃぐしゃになった髪、足が楽だからなんて言ってずっと履いているボロボロのクロックス。

彼を見ていると時折、形容し難い感覚が胸を突く。

きっと中高生のうちに誰しもが抱くのであろう、この感情の名前を知りたいとは思わなかった。


「ん、全問正解」

目にしみるほど鮮やかな赤色のインクが、歪んだ円を描き出す。

「田中せんせ、あのさ」

何度も腰を浮かせて椅子に座り直している彼を横目に、口を開いた。

「先生、面白くて好きだよ私は」

授業の話ね、と目を伏せたまま呟く。

「よく言われる」

なんて目を細めて笑う彼が今の私には眩しすぎて、思わず眉間に皺を寄せた。