「…桐谷(きりたに)さん」

「……っ、はい!」



呆れたような声で呼ばれ、我に返ったように前を向くと、自分の名前を呼んだ男子は持っていたプリントを捨てるように渡してきた。どうやら配り物をしていて、列ごとに回していたらしい。束になっていたプリントの端がぐしゃっと皺を作る。それを彼は気にもとめず、むしろ名前を呼ばれるまで気付かなかったお前が悪いと言わんばかりの顔をした。


「他の子の分のプリントも折れちゃった…」

独り言のように呟いたのに、前に座っている男子は「桐谷さんが悪い」とこちらを振り向かずに冷たい声で返事をした。


う、言われなくても分かってます。
喉まで出かかった言葉を飲み込み、申し訳ない気持ちで後ろにプリントを回した。




「よし、今配ったプリントは皆手元に揃ったな?」

担任の言葉に連られてプリントを見る。
そこには文化祭実行委員募集、という見出しが付けられていた。
今は6月で、文化祭は9月に行われる。3ヶ月の間働きっぱなしの実行委員の大変さは1年の時から知っていた。去年も実行委員だったからである。

だけどその大変さの上にあるやりがいも知っていた。もし出来るなら、今年もやりたいな、と思いつつ先生の話を聞いていた。


「…以上が大まかな仕事内容だな。やりたい奴、いるか?」

説明が終わり、立候補者を募るが、教室は静まり返ったままだ。きっとこのクラスの雰囲気に流されているのだろう。私もそうだ。


だけど、今勇気を出さないと後で後悔するよね…。
意を決したように先生の方を向き、腕を軽く曲げたまま上げると、先生と目が合う。


「お、桐谷と増田(ますだ)か。仕事もそつ無くこなせそうだな」

「(増田って……)」

視線を先生から前の方向へ変えると、先程冷ややかな目線を向けていた男子が手を挙げていた。


その男子こと増田くんは、こちらを見るなりあからさまに嫌そうな顔をする。


「(う、わ…)」


一波乱起きそうな予感がした。、