~【  】は実際は韓国語で話しています。~

 「チング?(友達?)」
ジュンは金網の向こうにいる少年を指さすと、さっきから胸の前で手を組み、こちらをジーッと見ている女の子に恐る恐る訊いてみた。どうやらこの子が奈津が言ってたBEST FRIENDSのファンの子に違いない。だって、明らかにに目がハート!女の子はジュンに声をかけられると、びっくりして跳び上がり、着地したかと思うと、すり足でザザザッと近寄ってきた。ジュンとヨンミンは思わず一步後ずさる・・・。それから、女の子はジュンと同じ方向を指をさすと、
「チ、チ、チング!チング!えっと・・・ゆうすけ。」
とたどたどしく答えた。K-POPが大好きなので、一応、簡単な韓国語ならなんとなく分かる。
「ファネッソヨ??(怒ってる?)」
続けざまにジュンが、今度はコウキと悠介の二人を交互に指さして訊いた。
女の子は、
「あ・・・。」
と口をつぐむ。そして、首をかしげた・・・。

【いきなり質問されて、困ってません?まずはお互い名乗らないと!】
【そうだった!この子の名前も訊いてない】
ジュンとヨンミンはお互いをつつき合う。

まなみの目に、コウキ、悠介、そして奈津の姿が映る。ジュンが『ファネッソヨ?(怒ってる?)』と訊いてくるのも分かるくらい、3人の間に不穏な空気が流れている。ヨンミンとジュンを目の前にして舞い上がっていた気持ちがちょっとだけ冷静になる。・・・この二人は奈津とヒロの事、どこまで知ってるの?そして、奈津と悠介のことも・・・。
すると、目の前の2人がおもむろに、
「ぼくの名前はジュンです。」
「ぼくは、ヨンミンです。」
とペコッと頭を下げた。
まなみの冷静さを、またぶち破るような出来事が起きてしまった!ファンミのステージでは、遠目にしか見れなかった二人の日本語での自己紹介が、な、な、なんと!半径2メートル以内で行われたのだ!!やばい・・・クラクラする・・・。しかも、
「名前・・・?」
ヨンミンが少し首をかしげて訊いてきた。なんてこと!ここは、この世の天国に違いない!
まなみは胸に手をやり、何度か呼吸を意識して、ようやく動悸を落ち着かせると、
「・・・まなみ」
とやっとこ声を出した。
「ま・な・み?」
ヨンミンが聞き返す。ウンウンウン。まなみは首を縦にブンブン振った。やっぱり天国に違いなかった!まさか、あのヨンミンに名前を呼ばれるなんて!!まなみが夢心地で酔いしれていると、
「オッケー!まなみ、カジャ!(行こう!)」
とジュンが声をかけてきた。そして、片手を挙げて走り始めた。続いてヨンミンもそれに続く。まなみは夢のような展開にしばし浸っていたが、二人の背中が離れていってしまうにつれ、ようやく、また少しだけ冷静さを取り戻した。
「あ・・・!3人の所には行かない方が!」
でも、時、すでに遅し・・・。

【ヒロ!何か怒ってる?奈津も急に怖い顔になって、タクシー呼んで乗れ乗れって言い出すし。こいつと何かあった?】
ヒロの傍まで来て、ジュンがヒロにそう話している最中に、到着したヨンミンが声をあげた。
【あーーー!サッカーボール!】
ヨンミンは、3人の不穏な空気より、悠介の手にしているサッカーボールの方に反応した。
目を輝かせてサッカーボールを見つめている。そしてつぶやいた。
【デビューしてからサッカーなんて、まるでしてないもんな・・・。】
韓国語なのでヨンミンが何を言っているのか分からないが、どうやらサッカーボールが気になるらしい。触りたそうな顔をしている。悠介は、「これ?」と言ってサッカーボールを両手で差し出した。「使ってもいいよ。」と言う顔で。ヨンミンの顔が輝く。
【今、何時?新幹線に間に合います?】
ヨンミンはジュンに時間を訊く。その口調には「サッカーやってもいいですか?」というニュアンスも含まれている。「やれやれ。」という表情でジュンがスマホを出そうとすると、それより早く、ヒロが時間を確認した。
【今、6時45分。ここから新幹線の駅までタクシーで30分だから、7時15分に出たら間に合う。30分くらいなら、サッカーする時間あるかな。】
ヒロがそう告げると、
【ッシャー!ジュン兄さんちょっとサッカーやって帰りましょう!今やらないと当分できないですよ!】
と言ってから、飛び跳ねるように軽快に走り始めた。そして、グランドに通じる扉から中に入り悠介の方に向かった。【もう・・・。】と口では言いながらも、まんざらでもなさそうなジュン。ヒロを振り返り【いいよね?】と目配せすると、笑顔でグランドに入って行った。悠介は近づいてきたヨンミンにサッカーボールを渡した。
「カムサハムニダ!(ありがとうございます!)」
ヨンミンはそれを笑顔で受け取ると、足元に落とし、ドリブルをしながらサッカーゴールの方に向かった。決して上手いとは言えないドリブルで。だけど、本当に嬉しそうに・・・。
「ありがとう。2人とも、この休暇が終わったら、殺人的スケジュールが待ってるから・・・。こんな広い所で、誰の目も気にせずサッカーできるなんて、すっごい嬉しいと思う。」
コウキが悠介に言った。その言葉を傍で聞いていた奈津の胸がギュッとなる・・・。『殺人的スケジュール・・・』その時、グランドのヨンミンの大きな声がした。
【みんなでサッカーしましょう!】
見ると、ヨンミンが来て来てと手招きをしている。悠介と奈津が???という顔をする。
「えっと、みんなでサッカーしましょうって言ってる。」
コウキが通訳する。それを訊いて、奈津は自分の顔をパンッと音をたてて両手で挟んだ。心を切り替えるときいつもするように・・・。そして、
「コウキも悠介も行こ!」
と言った。それから、
「まなみ~!わたしもするから一緒にやろう!!」
と声をかけた。まなみはばんざ~い!と手を挙げ、跳びはね、グランドに向かった。それから、奈津はコウキと悠介を見た。そして、
「たぶん、わたしが1番上手い!!」
とニヤッと笑った。
「何話してたか知らないけど、続きはわたしのドリブルを止めてからね!悠介も手加減なしよ!」
奈津はそう言い渡すと、グランドに向かって駆けていった。走りながら・・・、奈津はコウキと過ごせる時間を思う・・・。考えないように頭を振る。不安な気持ちを抱えたまま振り返る。
『居た・・・。』彼が。変わらない笑顔でそこに・・・。ただ、それだけのことで、奈津の心は息を吹き返す。そして、その度に・・・こんなにも好きなんだ・・・と気づかされる。期限があると分かっているこんな恋でも・・・。
 奈津が振り返ってこちらを見た。顔は笑っているのに、その目は不安な色を隠せていない。そして、その不安そうな目が見つめる先はオレじゃない。奈津は好きになった人を見つめている・・・。奈津が好きになったタムラコウキ・・・。
「おまえは、キスって聞いただけで、真っ赤な顔すんな。絶対ネットに書かれてるの嘘だろ。女遊びし放題みたいに書かれてたけど。彼女が8人目の田中は、キスくらいじゃ全く顔色変えんもん。大体、あの女優とのキスもどうだか。写真なんかアングル一つでどうとでも言えるもんな。」
いつの間にか、悠介はコウキに向かってそんな事をしゃべっていた。コウキはこの発言にただただびっくりした・・・。悠介の顔を見る。ふざけているのでも、挑発しているのでもないようだった。悠介はただ静かな表情のまま・・・あの一連のスキャンダルを、いとも簡単に否定した。
「当たってるだろ。おまえは、おれ並みに女経験なし!」
今度は、悠介はちょっとふざけた感じで笑いながら言った。コウキは、悠介が今、「スキャンダルを起こしたBEST FRIENDS ヒロ」ではなく、「タムラコウキ」として自分を見てくれていることが純粋に嬉しかった・・・。でも、そのことをストレートに口に出すのが照れくさく、悠介のふざけ口調に合わせるようにムスッとした表情を作ると、
「女経験なくて悪かったな。忙しいのが理由でモテない訳では決してない!・・・と思う。それに、ぼくは、中学の時、少しの間、彼女いたからな!」
と自分でもぐだぐだの反論をした。そして、笑った。
それから、一瞬、言いにくそうにためらったが、コウキはちゃんと聞いておきたいことを思い切って訊いた。
「中山も女経験ないって・・・、さっき奈津と・・・キスしたって・・・。」
悠介は改めてコウキをまじまじと見ると、プッと笑った。
「ああ!したした!幼稚園の時、奈津がオレのここにブチューって熱烈なのした。」
そう言って、悠介は自分の右のほっぺたを指さした。
「幼稚園??」
「そ!しかも母さんたちにけしかけられて、奈津、やけくそみたいなテンションでしたような気がする。」
コウキは「なんだ~。」と全身でホッとする。それを見て悠介はフフンと悪びれる。
「ざまあみろ!だ!」
悠介がそう言ったのとほぼ同時にグランドで「やったー!!」という奈津の歓喜の声が聞こえた。どうやら奈津がドリブルで全員抜いてシュートを決めたらしい。
「ったく!小さい頃から、あんな奴だよ。ほんと、めっちゃ強い!」
悠介は奈津の飛び跳ねてる姿を見ながら言った。
コウキもつられて笑うと、それに付け加えた。
「すっごく泣き虫なのにな。」
悠介はコウキの顔を見た。こいつはサラッと自然に「泣き虫」という言葉を使う・・・。グランドから奈津が2人に声をかけた。
「話の続きは、わたしのドリブルを止めてからでしょ!早く来る!!」
コウキは手を挙げるとグランドに向かった。
 
 悠介はしばらくグランドを見つめながら立っていた。コウキも加わって5人の長く伸びた影がグランドをあっちに行ったりこっちに行ったり動いている。悠介はぼんやりと影を目で追いながら、中学2年の時の奈津のお母さんのお葬式を思い出していた・・・。泣きじゃくる凛太郎の手をしっかり握りしめた奈津は、最初から最後まで一滴も涙をこぼさなかった。ずっと、口を真一文字に結び、意志の強い目で一点を見つめていた。悠介はそんな奈津の姿を見て、「こいつって、本当にスゲー。」と子ども心にますます尊敬の念を抱いた。
「オレだったら母さん死んだら、あんなに気丈でいられない・・・。奈津って女なのに、本当に強くてかっこいい!!」

ポンポンポン・・・。サッカーボールが飛んできた。
「ほら、悠介が入らないと、みんな弱くてつまんない!!」
どうやら奈津がオレに向けてパスしてきたらしい。『本当は強くなんかないくせに・・・。』悠介はボールを足でさばき、軽くリフティングをした。それから、コウキに狙いを定めた・・・。
『おまえ、気づいてないだろ。奈津が泣くのは、おまえの前だけだって・・・。悔しいけど・・・、奈津が奈津のまま、強がらずに泣けるのはおまえと一緒の時だけだって・・・。』
「タムラコウキ!ちゃんと、受けとめろよ!」
悠介は強めのパスを出した・・・。グランドに響いた声は、泣き声に近かったかもしれない・・・。