コウキがステージに出ると、体育館いっぱいの観客が目に入った。振り付けは練習したので、もう完璧に体が覚えている。ここからは音楽に合わせて気持ちよく体を動かすだけだった。曲に合わせて、みんなが手を叩いているのが見える。今まで凍り付いていた血液が少しずつ溶け出していくような、そんな感覚を覚える。一緒にステージに立っている仲間たちのエネルギーも伝わってくる。自分の手も足も体も、曲にのって踊れることを喜んでいるようだった。それぞれの体のパーツが自由意志を持って動き出す感覚・・・。
 
 コウキは後ろの目立たない端の位置にいた。奈津はコウキはもっと踊れない・・と勝手に想像していたが、意外とみんなと同じように踊れている。奈津はなんだかちょっとホッとした。普段の姿からは絶対想像できないコウキのダンス。奈津まで心が躍る。和田くんとか他のクラスメートも見なくっちゃ・・・と思うのに、コウキから目が離せない。ケツメイシの曲に合わせてステージのみんなが踊る。奈津もメロディー合わせて手を叩く。この曲は奈津も好きな曲だった。特に歌詞が胸に響く。

『もし君が辛い時
すぐ側に いつも同じ仲間達
何も無いように振る舞うから
けして一人にはしないから

何十年先も 君を友達って思ってる・・・』

「この歌こんな歌詞だっけ。」今までこの曲で何度も練習してきたはずなのに、今頃・・・。ステージの上で、コウキは鼻の奥がツンとするのを感じた。それと同時に目からツーッと涙が流れた。耳の奥で懐かしい笑い声が聞こえる。それは、ずっと心から追い出していたものだった・・・。

『次会う時はまた皆で笑っていたいから
夢の中でも謝っておくよ』

歌詞が続く・・・。コウキは思い出したものを、また追い出すかのように頭を振った。そして、気持ちを立て直すと、また、ダンスに集中した。最後の体系移動にさしかかった時、涙で曇った眼鏡が邪魔をする。このままじゃ、前が見えない・・・コウキは眼鏡をサッと外すと、分からないように涙を拭き、ポケットにそれを入れた。

「あれ。」
コウキが眼鏡を取り、顔の汗をぬぐった。そして、そのまま眼鏡をポケットにしまった。少し距離はあったが、奈津はコウキが眼鏡をとったのを初めて見た。眼鏡を外すと印象がまるで違う。眼鏡をかけていると、どこか野暮ったい男の子なのに、外した途端、涼しげで垢抜けた都会の男の子に変わる。奈津があっけにとられて見ていると、コウキは眼鏡を外したまま、そのまま踊りながら中央に移動し、全員でポーズを決めるとダンスを終えた。
パシャッ
横で音がしたかと思うと、立ちあがった加賀先輩がスマホで写真を撮っていた。奈津たちは学校ではスマホの使用を禁止されていたので、写真を撮ることはできないが、一般の方々はオッケーだ。
「全然見てなかったけど、和田くんたちもいるしね。一応撮っといた。」
会場からの拍手の中、和田くんは手を振りながらステージの袖に帰って行く。他のメンバーも袖に向かって歩いて行く。コウキも前髪をかき上げると眼鏡をかけ、歩き始めた。
「わ、あの子、仕草がヒロっぽ~い。」
加賀先輩が黄色い声を出して、まなみを叩いた。まなみは思わず、
「え、誰々、どの子?」
と訊いた。
「え~と、もう紛れてよく分かんなくなった。でも、ただ、髪かきあげただけよ。似てたの仕草だけ。ヒロはステージでよく髪をかき上げるんよ~!それがまたかっこいいんだわ!」
加賀先輩は嬉しそうににやけて答える。
「なーんだ!うちのクラスに先輩をうならせるような男子いたっけ?ってびっくりしましたよ。」
まなみと加賀先輩の会話を横で笑って聞きながら、コウキが眼鏡外したって気づいたのは、わたしくらいかも・・・となんだか奈津は得した気分になっていた。

 コウキがステージ袖に引っ込んだ時、次の出番を待っている悠介とすれ違った。悠介は自分の顔をパンパンと両手で叩いて気合いを入れていた。コウキはその横を黙って通り過ぎた。

 「次!悠介たちだよ!」
まなみが声をかけると悠介たちがステージに出てきた。女子の制服姿の悠介を見て、女子の黄色い声やら、男子の野太い声やらの声援で会場がわく。
「悠介!かわいいぞ!」
会場のどこかから声がかかる。
「おう!」
とそちらに向かって手を挙げて答える悠介。会場に笑いが起こる。
「悠介の女装、レアだね!」
奈津は詩帆ちゃんに声をかけた。詩帆ちゃんは食い入るようにステージを見ながら、
「ほんと!すごい貴重です!!」
と興奮気味に答えた。
「悠介の位置って、すずもんのポジションじゃない?やっぱ目立つね~。でも大丈夫?あいつサッカー忙しかったし、踊れるん?」
まなみの言葉を遮って、「サイレントマジョリティ」の曲がかかる。ダンスが始まると、案の定、まなみの予想は的中で、悠介は大まかに踊れてはいるものの、たびたび間違えた。しかし、堂々と間違える悠介のパフォーマンスに会場はますますわいて、余計に喝采が起こる。最前列、左の方からは、
「かわいい~!!」
という声まで上がっている。そんな悠介の姿を見て、奈津は内心ホッとした。ステージの上の悠介はいつもの悠介だった。最後の決めをし、曲が終わり、ステージ袖に下がる時、悠介は奈津と目が合うと、満面の笑顔を見せた。最近のよそよそしい悠介の態度のこともあったし、まさかのステージ上からのアプローチに、思わず奈津も笑顔になった。
 
 詩帆が「先輩、良かったですよ~!」と手を挙げて声をかけようとした時、悠介先輩がこちらを見て笑った。・・・が、目には詩帆などまるで映っていなかった。先輩の目はまっすぐに、隣にいる奈津先輩だけを見ていた・・・。
 
 自分たちの席に戻ろうと体育館の横で待機していたコウキは、ステージをわかして喝采を浴びながら、堂々と歩いてくる悠介を直視できなかった。なんだかコウキにはまぶしかった。突然出てきた涙の理由にも、コウキはまた蓋をした。自分の心の中のざわつきを、今、懸命に落ち着かせようとしている。深呼吸しながらぐるっと会場を見回すと、客席の一番前に奈津を見つけた。午前中に見せたひまわりのような笑顔でステージを見ている。でも、今、彼女がその笑顔を向けている相手は悠介だった。奈津と悠介、2人は視線が合うと、お互いにこぼれるような笑顔になった。コウキは赤いTシャツの胸のあたりをギュッとつかむと、大きく息を吸って天井を見上げた。

「先輩!いよいよ、STORMです!!BEST FRIENDSです!!難しいけど、踊れてるかな?」
まなみの興奮がマックスになっている。
「大丈夫!トモ、家でもめっちゃ練習してたもん!」
黒のTシャツと黒のスキニーでそろえた7人がステージでスタンバイしている。
ジャーン!
大きな音と共に音楽が始まった。奈津はBEST FRIENDSのダンスを見るのは初めてだった。曲もまなみが入れてくれたのに、まだ聞いてなかったので、聞くのもこれが初めてだった。アップテンポのかっこいい曲。7人ともかなり練習したらしくとても上手に踊っている。なかなかクオリティが高い。奈津はすごく感心した。
「次よ次!次のところ!ヒロのダンスが圧巻で、超有名なダンスシーン!!トモ、がんばれ!!」
加賀先輩が興奮して奈津を叩く。中央にきた加賀くんが複雑な足のステップと手の動きを合わせて踊る。
「わ!すごい!」
奈津も詩帆も思わず声を出した。
「よしよし、なんとかクリア!ヒロに比べたら全然だけど、まあまあ踊れてた!」
加賀先輩も満足げだった。7人が踊り終わると、会場からは感嘆の声がもれ聞こえるほどだった。
「優勝は加賀たちかも!」
とまなみがつぶやいた。まなみも感動している。
「優勝チームは秋の文化祭でもう一回踊るんでしょ!まあ、時々、練習しないといけないのが大変とは訊いたけど!文化祭も楽しみだね~。やっぱり、発表は後日、生徒会がするの?」
加賀先輩の言葉に、奈津は、
「はい、そうです!」
と答え、
「先輩、かっこいい曲でした。ダンスもよかったです!いいですね、BEST FRIENDS!」
と付け加えた。すると、気をよくした先輩は、奈津に向かってBEST FRIENDSの話をここぞとばかりに始めた。
「そうでしょ!そうでしょ!かっこいいでしょ!本当に、これでヒロが戻ってくれればいいんだけどね・・・。なっちゃ~ん。」
と、そして、またまた抱きついてくる。
「えっと、よく知らないんですけど、ヒロはスキャンダル起こしたんでしたっけ?それで、今はいないんです?」
「そうなの。アメリカにダンス留学って事務所は発表したけど、ファンの間ではアメリカにはいないって、話題になってるんよ。どこにいるか分からないって。このまま引退したらどうしよう・・・。」
「きっと大丈夫ですよ。戻ってきますって。」
奈津は先輩の方をトントンとした。
「ありがとう、なっちゃん!それにしても、許せんのはあの女優!!絶対ヒロ傷ついてるって・・。あ~、私が癒やしてあげたい~。」
そういう加賀先輩の顔は鬼の形相だった。その時、
「これで、ダンス発表会を終了します。混雑しますので写真撮影はご遠慮ください。」
という生徒会のアナウンスが響いた。それを合図に会場のみんなはバラバラっと動き始めた。
「写真撮りた~い!」
という声が左の方から聞こえる。その声を聞いて、加賀先輩が、
「悠介くんとトモたちの写真、後で送ってあげるね!」
と言って、鞄を肩にかけ帰ろうとした。奈津は、「あ!」と先輩を引き留めると、
「クレヨンしんちゃんたちの写真もいいですか?」
と思わず訊いていた。加賀先輩はキョトンとしたが、
「同じクラスだもんね。オッケー!」
と言って、笑って手を振って帰っていった。奈津と詩帆は先輩を見送ると、クラスの女子につかまってワイワイ話しているまなみを置いて、一緒に廊下に向かった。2人で今日のダンスの感想をキャーキャー話しながら。1年生と3年生が別れる階段の手前までくると、詩帆が何かを思い出したかのように訊いてきた。
「そう言えば、クレヨンしんちゃんで後ろの列の右端の人・・・。」
「えっと・・・、誰だっけ?コウキだったかな?」
もちろん奈津は誰だかすぐ分かっていたが、詩帆に自分の気持ちがばれないように、ちょっと誰だか分からないような振りをしてみた。詩帆はそんな奈津の心の動きなどお見通しだったが、奈津に付き合って、気づいていない振りをした。
「そうそう、先輩と部活の時、理科棟のところで時々話してた人。わたし、バレエやってたから分かるんですけど、あの人、本当はダンスすごく上手だと思いますよ。」
と思いがけないことを言った。奈津は一瞬面食らったが、プッと吹き出して、
「え、初耳。本人からもダンスできるって聞いたことないよ。それに、あんな簡単な動きで上手いって分かる?」
とまだ可笑しくて仕方なかった。
「う~ん。上手く言えないけど、なんか身のこなしとか、筋肉の使い方とか・・・。とにかくダンス経験者だとは思います!」
階段まで来たので、詩帆はそれだけ言うと、手を振って階段を降りていった。詩帆を見送ると、奈津は立ち止まって、コウキのダンスを思い出した。奈津はダンスのことはよく分からなかったが、1つ1つのコウキの動きは確かに綺麗だった気はする。それに眼鏡を外してからのコウキは違う人のようにも見えた。コウキの動きをずっと見ていたい・・・そんな気持ちにもなった。・・・でも、それは私がコウキを好きだからであって、ダンスとは全然関係ない気がする・・・。
「ダンスが上手?コウキが?まさか~!」
奈津は、一瞬首をかしげたが、また、プッと笑うと、教室の方に向かって歩き出した。早く、コウキに会いたかった。