「なら踊りましょうよ」

「それは無理なんだ」

「何故かしら?」

「私は、ダンスが踊れない」

 紳士に、真っすぐな視線。
 はぐらかしでも冗談でもない。それが真実。

 私は踊れない。

 それが、頑なに誘いを断った理由。
 蝶々はきょとんとしている。その表情は次第に砕け、やがて大笑いに替わった。
 お腹を抱えてヒラヒラと。
 燐粉を飛ばして笑っている。

「あははは! っ、おかしいっ」

「うん。本当にな」

 少女の顔にも笑顔。
 鈴のように綺麗な笑い音が、鬱蒼とした森に鮮やかなメロディを流した。



「けれど、理由はもう一つあるんだ」

「それはなに?」

 まだ笑いが治まらない蝶々。

 その頭上、向こうを差す指。

「あそこまで行きたいんだ」

 メロディが止む。
 綺麗な瞳が、空に浮かぶ孤島を見上げていた。



「貴女、月に昇りたいの?」

「ああ。行きたいんだ」

「遠いわよ?」

「知っている」

「届かないかもしれないわ」

「後悔をするつもりはない」

 蝶々と話しながらも、少女は月を見ていた。

 瞳の色は唯綺麗。

 汚れることも曇ることもない。

 やれやれ。蝶々は笑った。

「この先の菜の葉畑を三回廻って真っ直ぐ歩きなさい。親切な坊やが案内してくれるわ」

「教えてくれるのか?」

「諦める気はないんでしょう?」

「ん。サンキュ」



 にこりと笑って、少女は行く。

 小さくなっていく背中を、じっと見つめる。
 頼りないのに真っ直ぐ歩く姿勢は、美しく踊る誰よりも綺麗で、勇ましく踊る誰よりも格好良い。

「そんなに素敵なのに」

 蝶々は少し哀しげだった。

 すっと黄金を見た。

 彼女では届かない金の君。

「アナタに譲ってあげるわ」