かち、こち、かち、……

 重い秒針が刻むステップ。

 無機質に平坦なクロック。

 耳をくすぐる誘いの音色。
 薄紫色の少女は、閉ざしていた目蓋を開いた。



 最初に見えたのは、月だった。

 蒼く。

 遠く。

 儚く。

 高く。

 手を伸ばそうとも短すぎて届かない。
 それを笑うかのように、月は余計、蒼く、遠く、儚く、高く、夜空の海に飛び込んでいく。

「――私は」

 霞んでいく月に触れない指先。
 虚しく下げられた二の腕。
 置いてきぼりにする空を見つめながら。

 少女はぽつりと呟いた。



「私は……どうして此処にいるのだろう」



 疑問に答える声はない。
 聞こえるのは、緩やかに流れる舞踏の曲。

 茸傘の屋根の奥で、たくさんの何かが手を取っていた。
 それは鼠の一と蛇の六。
 虎の三と犬の十一。
 猿の九と牛の二。
 長い針と短い針。
 前も後ろも明日も昨日も関係なく、楽しく回りパートナーを替えるダンス。

「こんばんわ」

 いつの間にか、少女の背後には男が立っていた。
 正確には、男か女かもわからない。その素顔は仮面に覆われていた。
 三日月に笑う架空の面。
 黒の外套に身を包んだ、笑う、ペルソナ。

「君は踊らないのかね」

 ふふっ、と笑いながら問う。
 少女は、どうして、と聞いた。
 おや、句切状に曲げた黒い手袋の指が顎に触れる。無論、仮面の顔だ。

「君は此処を何処だと思っているのかね?」

 含み笑いは徐々に大きく。
 やがて、堪え切れなくなったペルソナはマントを翻し、諸手を広げた。

「此処は時間を忘れた夜の国
 楽しくもおかしく
 手に手を取ってステップを踏み
 いつまでもいつまでも
 好きなだけ踊っていられる
 そんな国だよ、此処は」

 ペルソナは、そう言った。