そして、彼女は、なんの前触れもなく僕のもとに現れた。
「突然ですが、転校生を紹介します。 さあ入って」
クラス中の視線が黒板側のスライドドアに集中する。
僕も例外ではなかった。
数瞬後。
一人の女子生徒が教室に入ってくる。
均整のとれたモデル体型。
鼻筋が真っ直ぐ通った顔立ち。
ぱっちりとした二重に大きな目。
セミロングくらいはありそうな艶がかった綺麗な黒髪。
美しい容貌の目立つ、凛とした少女だった。
彼女の登場に触発されて騒然となる教室。
朝比奈先生が「はーい静かにして」と呼びかけたところで、興奮冷めやらない連中に声は届かず。
そこで、チョークを走らせる音が途絶える。
自身の名前を黒板に書き終えた彼女は、教室で巻き起こる喧噪を打ち消すように口を開いた。
「初めまして。 東の雲と書いて、東雲命花って言います。 お父さんの転勤の影響で隣の市から引っ越してきました。 こんな中途半端な時期の転校ですが、仲良くしてくれると嬉しいです。 卒業までどうぞよろしくお願いします!」
拍手が連鎖していく。
僕も促されるがまま小さく拍手をする。
十一年間も学校生活を送っていると、時に珍しいこともあるもんだなと思った。
「えーと、東雲さんの席は・・・・・・あそこね!」
朝比奈先生は周囲を見渡すと、窓際の最後尾を指差した。
そういえば、と僕は思いだす。
朝登校した際、このクラスは生徒数三十五人なのに対し、机と椅子が三十六席分用意されていた。
どうやら、その不自然な一席は彼女のものだったらしい。
ようやく全てが一致した。
そして気がつく。
学校に登校した時点で、運動部の男子の発言を含め、転校生の存在を示唆するシチュエーションが揃っていたということに。
だけど、僕にはどうでもいい話だったので、一連の記憶を抹消してしまうことにした。
「わかりました!」
彼女は透明感のある声で答えると、軽快な足取りで窓際の最後尾へ歩いていく。
その間、彼女は終始笑顔だった。
なんて優しく柔らかい笑顔をするんだろう。
素直にそう思った。
僕が抱いた彼女に対する第一印象はそれだった。
ホームルーム終了後の教室は、一時限目の準備そっちのけで大いに盛り上がっていた。
話題の中心に君臨している彼女、東雲命花の席の四方には、これは転校生の宿命だと言わんばかりに沢山の生徒が集まっていた。
「東雲さん、彼氏とかいるの?」
「ずばり!スタイル維持の秘訣とは?」
「好きな食べ物、嫌いな食べ物はありますか?」
「連絡先交換しない?」
「兄弟はいますか?」
「どこら辺に住んでるの?」
「放課後、一緒に遊びに行かない?」
矢継ぎ早に質問が繰りだされる。
こうやって見ていると、転校生というのも忙しないなと思う。
「趣味とかありますか?」
「前の学校で何か部活入ってた?」
「どこのメーカーのシャンプー使ってる?」
「めいかちゃんって呼んでもいい?」
「お父さんってどんな仕事してるの?」
「もしかして、モデルさんとかやってたりする?」
そのあとも続く質問の嵐に、彼女は嫌な素振り一切見せず、笑顔で丁寧に対応していた。
アナウンサーとか看護師の職業に就いていたら、真っ先に好評を博すタイプの人柄だと思った。
彼女が学年の人気者になるのに、それほど時間はかからないだろう。
滅多に遭遇しないこの時期の転校生。
おまけに容姿端麗ときたら、学年中が黙っているはずがない。
ふと窓の外に目線を移す。
太陽が燦々と輝いている。
校庭に描かれた白線と陸上部専用の赤パイロン。
一羽の小鳥が大空を優雅に飛んでいた。
近くの街並みが霞んで見える。
遠くの連峰が存在感を放つ。
いつもと変わらぬ風景。
いつもと変わらぬ日常。
いつもと変わらぬ自分。
僕の永遠はここにある。
どこを探しても、ここにしかない。
クラスに転校生の一人や二人増えたところで、僕の世界は決して揺るがない。
そう思っていたはず・・・・・・だった。
彼女、東雲命花 が転校してきて約一週間が経ったある日、全ての始まりとなる事件は起きた。
寝耳に水だった。
「ねぇ、どうして西宮くんは笑わないの?」
その一言を契機に、僕達の運命の歯車は静かに動きだした。