君に手向ける最後の答辞


 高三に進級して最初のホームルーム。

 僕は席につくなり、躊躇(ためら)いもなく大きな欠伸をこぼす。
 人間の三大欲求のひとつである睡眠欲には、基本的に誰も逆らえないのだから仕方がない。

 その日のクラスは、朝からやけに騒がしかった。

 春休みが明けてすぐの登校でテンションが高揚しているのか。
 もしくは、久しぶりに友達に会えてご機嫌なのか。
 どうやら、前者でも後者でもないらしい。


「今日、ワンチャン転校生来るかもしれないぜ」

 運動部の男子が、それなりにボリュームのある声で言った。

「ソースは?」

 続けて、運動部の女子が言った。
 別に興味があるわけではなかったが、特にやることもなく退屈だったので少しだけ耳を傾ける。

「さっき、朝比奈先生に用があって職員室に行ったら横に転校生らしき女子がいたんだよ」
「見間違いとかじゃなくて?」

 学級委員長である男子が割って入る。

「うん、見間違いとかじゃない。 本当にマジのガチのリアル」

 若者言葉を乱用しているせいか、どこか冗談っぽく聞こえてしまう。
 だが、彼の口調からしてノリと勢いだけで話しているわけではなさそうだった。
 
 クラスのあちこちで(にぎ)やかさが増す。
 おそらく、クラスの連中はその正体不明の女子生徒に妙な期待を抱いているのだろう。
 転校生かもしれない、という憶測だけで、よくここまで盛り上がれるなと思う。

 そして、ここで一つ言わせて欲しい。
 もちろん、口にはださないけど。

 たしかに、朝比奈先生は僕達の担任だ。
 だからといって、一緒に居たという女子生徒を転校生だと断定するには根拠が弱すぎるんじゃないだろうか。

 朝比奈先生は、二学年の現代文も兼任している。
 したがって、その女子生徒が二年生である可能性は十分にある。
 むしろ、そっちの方が圧倒的に信憑性が高い。

 それに、僕達は三年生だ。
 転校生が来るなんてまずあり得ない。
 そもそも進路が()かった高三の大事な時期に、転校手続き自体受理して貰えるのだろうか。
 あまり聞いた試しがなかった。

 あり得ないとは言ったが、生徒数の多い都市圏の学校なんかに行けば、中途半端な時期の転校も日常茶飯事なのかもしれない。

 キーンコーンカーンコーン。
 キーンコーンカーンコーン。

 そうこうしているうちに、耳馴染みのチャイム、ウェストミンスターの鐘が流れる。

「おはようございます」

 チャイムが鳴り終えるのと同時で、担任の朝比奈先生が教室に入ってくる。
 教室内は自然と静かになった。

「それじゃあ、ホームルームをはじめます」

 朝比奈先生は出席簿を教卓の上に置くと「その前に」と付け加えた。

 もうすぐ、高校生活最後の一年間が始まる。
 僕は今まで通り、全くもって平凡な日常を送るものだと思っていた。
 当たり(さわ)りのない毎日を繰り返し、いつとはなしに卒業を迎えるものだと思っていた。
 一縷(いちる)の希望すら失われた暗澹(あんたん)たる将来を、ただただ惰性(だせい)だけで生きていくんだと思っていた・・・・・・彼女と出逢うまでは。