中学最後の夏。
 ほんの些細な事が原因で、唯一とも呼べる親友と大喧嘩をした。

 最初は軽い口喧嘩にすぎなかった。
 口論しているうちに、次第に感情的になってしまった僕は、親友に対する不満を盛大に吐きだしてしまった。
 その中には、平気で親友を侮辱するような内容も含まれていたと思う。

 親友は唖然とした表情で僕を見つめていた。
 身体が小刻みに震えていたが、何も言い返したりはしてこなかった。

 やがて最高潮に達した険悪ムードに堪えきれなくなった僕は、謝りもせずその場から逃げだした。
 それ以来、僕と親友が絡むことは一切無くなり、結果的に絶縁状態となった。

 廊下ですれ違えど、親友はまるで赤の他人を見るような視線を僕に向けた。
 謝ろうと何度も声を掛けようとしたが、最後の一歩がどうしても踏みだせず、無慈悲(むじひ)にも時間だけが経過していくばかり。
 そしてとうとう一言の謝罪もできないまま、僕達は卒業を迎える。

 僕と親友はそれぞれ別々の高校に進学した。
 つまるところ、絶縁状態から正真正銘の絶縁になってしまったのである。
 
 かくして自責の念に(さいな)まれた延長線上で『感情とは刃物よりも鋭利な凶器に成りうる』そう結論づけた僕は、喜怒哀楽を押し殺して生活するようになった。

 いずれまたこの感情が誰かを傷つけてしまう。
 それならいっそ消してしまえばいい。
 本気でそう思った。

 一種の自己暗示からしばらくして。
 僕は怒りを(あらわ)にしたり、涙腺を(ゆる)くするどころか、口角を上げて微笑むことすらしなくなっていた。

 精神疾患とは、自身で自覚できないものがその大半を占めるという。
 もしかしたら、僕も精神疾患の(たぐ)いだったのかもしれない。
 それほどまでに、感情が生みだした代償は僕にとって大きすぎるものだった。

 幸いにも日常生活に支障をきたすことはなかったが、周りからの印象はとことん最悪だっただろう。
 その常人には理解しがたい思考は、高校に入学してからも何一つ変わることなく、三年の月日が流れた。

 そんなとき、僕は彼女、東雲 命架という女性に出逢ったんだ。

 ──あれはまだ、桜の蕾がほころぶ前の(あわ)い肌寒さが身に染みる、輝くばかりの青空の日だった。