「あ、ディックさん。こんにちは。今からこれを内政局に届けにいきます」
「そうなんだ。終わったら俺のところにも頼むよ」
「はい、かしこまりました」

 ミレイナはぺこりとお辞儀をする。
 ここで働く人達は全員、ラングール国の中枢部に務める文官で、いわゆる『エリート』だ。今声を掛けてきたディックも財務局のエリート文官のようだ。
 こういう人達を知り合いになれることが、メイド達にとっては人気の理由なのだろう。

 ミレイナは目的の部屋に向かう途中、ふと足を止めた。
 向こうから、『ジェラール陛下』という言葉が聞こえた気がしたのだ。立ち聞きはいけないと知りつつも、耳をそばだててしまう。

「ジェラール陛下が気になる女性がいるって仰ったって本当かしら?」
「なんでも、ラルフ様がそう聞いたと仰っていたと噂よ。でも、相手がよくわからないのよね」
「いずれにせよ、あの舞踏会でダンスを踊った方の誰かよね? 誰かしら?」
「陛下もいよいよご成婚ね。誰に決まっても、恨みっこなしよ」

 キャーキャーと楽しげな話し声がする。
 きっと、休憩中のメイド、それも、先日の舞踏会に参加した貴族令嬢の方達だろう。