花鎖に甘咬み




手さばきが容赦ない。
銀色は正確無比な角度で迫ってくる。



────このひと、本気で、命を取りに来ている。


崩れない笑顔の裏の殺意が、空気をびりびりとふるわせる。




「マユマユ、俺さあ、これでも結構イラついてるんやで」

「……」

「“昨日の抗争” の件。〈白〉の下衆どもに情報を売りさばいたのは、マユマユなんやろ? 突如、足抜けする言うて、やっと尻尾掴んだ思たら、これやもんなあ、笑けてくるわ」




正確無比に迫りくる刃を受けずに済んでいるのは、真弓が同じく────ううん、それ以上に正確無比にそれを避けているから。




「アカリはマユマユに甘いから、見逃してるんやろーけどな。……俺は、マユマユのこと、許すつもりはない」



また、私にはまったくわからない話。


花織さんが真弓に浴びせる言葉は、なにひとつわからないまま。


……だし、次々と言葉を投げかける花織さんに対して真弓はただのひとことすら返さない。聞こえてないんじゃなかろうか、と疑うほどの丸無視っぷりだ。




「────俺は、本城真弓がカーディナルを抜けた、なんて認めない。本城真弓のいない〈赤〉のNo.2をやるつもりもない。本城真弓の穴埋めなんて誰がしてやるかよ」




真弓が右足を高く蹴りあげる。

その爪先が、花織さんの左頬を掠めた。


シャッと走った切り傷を手の甲で拭った銀髪の彼は、恍惚の表情を浮かべて、甲に乗り移った血の赤を舐めとった。



狂ってる、のかもしれない。

そのときはじめて、花織さんに対して得体の知れないぞくりとした恐怖が背筋を這い上がった。




「簡単な話なんやわ、マユマユ」

「……」

「二択なんよ。大人しく〈赤〉に戻ってきて猛獣に返り咲くか────ここで、俺に、殺されるか」

「……」



「ああ、三択だったか。マユマユが俺を殺しちゃうってのも、ありやったわ」



「……花織、いい加減にしろ。伊織(いおり)が泣くぞ」


「────は? アイツなんて心底どーでもいいんやけど。つーか、向こうも俺が死んでせいせいするやろうなあ、“出来損ないの双子” なんやから」



“伊織”……たぶん、人の名前。

私の知らないそのひとの名を真弓が口にした途端、花織さんの目の色がわかりやすく変わった。



真弓の蹴りをギリギリのところで躱しながら、迷いなく切っ先を突き出してくる。


私はというと、目まぐるしく変わる体勢に、とにかく真弓の背中にしがみつくことで必死。




「あんな、マユマユ」




花織さんの激昂を聞き流しながら、真弓がこちらをふと振り返った。



視線がかち合って、絡む。


きょとんと瞬いた私に、真弓はわずかにくっと口角を上げて、花織さんには聞こえない声量で囁いた。




「見ての通り、花織は厄介な奴なんだよ。おそらく、〈薔薇区〉でもトップレベルでな。……んで、このままじゃ、埒があかねー」




こくり、と頷く。

その振動が伝わったのか、真弓は、ふっと笑みをこぼした。そして。




「ちとせ」

「っ?」

「お前、何でもいいから花織の不意をつけ」

「……へ」