「堪忍な、オジョーサマもろともマユマユにはここでくたばってもらうわ」
思わず、ぱちくりと目を見開いた。
私が口を挟むターンではないとわかっていたけれど、思わず聞いてしまう。
「あの、どうして、“オジョーサマ” って……」
私、まだ名乗ってすらない。
そういえば、真弓にもまだ。
「あはっ、そりゃーな、見れば一発でわかるやろ。キレーなお顔も、その高そーなお洋服も、裕福やって自分から言ってるようなもんや。んで、そのまぬけな表情やなあ」
「まぬけ……」
「親の庇護の下でぬくぬく温室育ちってとこやねえ。……ホント虫唾が走るわ」
一瞬、銀髪の彼の顔がおそろしく歪んだ────ように見えたのは、気のせいだったのかもしれない。
へらり、と笑ったカオルさん(仮)はぐい、と顔を寄せる。
「とにもかくにも、や」
「……?」
「嬢ちゃんはマユマユに捕まったんが運の尽きやったな」
「どういうこと、ですか」
「マユマユが “猛獣” って呼ばれてるんは、知ってるやろ」
「……っ、えと」
「……。まさかその顔、知らへんの? 命知らずかよ」
毒っ気の混じった声でそう言われてしまう。
「愛を知らない獣。人の心がないんや、せやからどんなむごいことでもできる。弱いヤツには容赦ない。懐に入れたかと思えば、アッサリ見殺しにするしなあ。────まあ、マユマユが “猛獣” なんには、もう1個別の理由があるんやけど」
目を伏せたかと思えば。
「今は、そんなんどーでもいっか」
ヒュンッとなにかが闇をつらぬく。
それが、カオルさんの銀髪────ではなく、カオルさんの手にいつの間にか握られたナイフだということに、一瞬遅れて気づいた。
「え、な」
「ごめんな、嬢ちゃん。────せめて、なるたけ痛くないように貫いたるわ」
真っ直ぐ喉元に向けられた切っ先。
言葉を発することもできずに、ただ、固まることしかできずにいると。
「……っ、ひゃ!」
真弓が私を勢いよく放り投げた。
あまりにも躊躇がないその動きに、抵抗すらできず、内臓がふわりと浮く、あの気持ち悪い感覚をたえる。
それでどうするのかと不安になったとき、背後ですとんとキャッチされた。
おんぶの体勢。
どうすればいいかわからずおろおろとしていると、カオルさんのナイフを軽くいなしながら、真弓がちらりと視線を寄越す。
「首にでもすがっとけ、ちゃんと」
「は、はい……」
「んで、聞くの忘れてたけど、お前、名前は?」
普段の私ならこんなあっさり名乗らない。
名前とは、信頼だもの。
名前を教えるのは、信用していい相手だけ。
相手に自分を預けていいと思えてはじめて────。
「北川、ちとせ!」
「……ちとせ。その手離さねえ限りは守ってやる」
ぎゅう、と真弓の首にすがりついたと同時に、私を背負ったそのひとは、地面をダンッと蹴った。
ナイフの銀が走るのを、身を翻して器用にかわす。
「北川ちとせ、覚えたわ。いい名前やな」
「……っ、あなたに名乗ったわけじゃなくって……!」
「いーね、そのキッて目、そそる。ちなみに俺は宍戸 花織。カーディナルの現No.2、つまり、マユマユ────本城真弓の後釜ってワケ」



