花鎖に甘咬み




めちゃくちゃ意外だ。
思わず、真弓のことを二度見してしまう。

そのまま疑いの眼差しを向けていると。



「昔、習ってた。長いこと触ってねーから、もう弾けねえと思うけど」

「〈薔薇区〉って、ピアノを習えるところがあるの?」



純粋な疑問をぶつける。



「いや。ピアノ習ってたのは、〈外〉でだ。ココに来るまでの話」

「……!」



そうか、そうだった。

てっきり、真弓の話はすべて〈薔薇区〉の中でのことだと思ってしまっていたけれど、真弓は最初からこの街にいたわけじゃない。


真弓にも、〈外〉 にいた頃の過去があって……。何らかしらの理由でこの街に来るまでは、〈外〉で過ごしていた、んだよね。



急に忘れかけていた事実を突きつけられて、思う。

真弓はどうして 〈薔薇区〉 に来ることになったんだろう。




「聞いてみてえな、ちとせのヴァイオリン」

「聞かせられるものじゃないけど……。でも、私も真弓のピアノ、聞いてみたい! すっごく気になる!」




あ、それなら。




「いつか、一緒に演奏してみたいね。デュエット!」




我ながら魅力的な提案でしょ?

苦痛で仕方のなかったヴァイオリンも、真弓と演奏するなら楽しく弾けそうな気がする。



まだ見ぬ “いつか” の話をすると、真弓は、ほんの一瞬、複雑に眉をひそめた。それは、見間違いだったかもしれないと思うほど、一瞬のこと。


すぐさまいつものポーカーフェイスに戻った真弓は薄く息をついて、頷いた。




「そうだな。…… “いつか” 」