花鎖に甘咬み




目を伏せた伊織さんは言葉を続ける。
私はただじっと耳を傾けた。



「〈薔薇区〉では、じっとしてたって居場所が貰えるわけじゃない。じりじりと蝕まれて、骨の髄まで搾取されて、ジ・エンドだ。俺も花織も居場所がなかった。路地裏を点々として、食いっぱぐれて……しまいには、〈黒〉と〈白〉に目ェ付けられて、挟み撃ち」


「……っ」


「あのときは、ホント死ぬかと思ったよね。ああ、ここで俺も花織も終わるのか、短い人生だったなーってさ。ちぃちゃん、知ってる? 人間ってホントに死にかけると、マジで走馬灯見えるんだよ。ウケるよね」



少しも笑えない。

想像して表情筋ごと固まる私に、伊織さんはにこりと微笑んで。



「そのときだったんだ。マユが俺らのことを助けてくれた。ビビったよ、たったひとりで全員片付けちゃうんだもんな。んで、俺らのそれぞれの居場所が見つかるまで、マユが匿ってくれた。……だから、“命の恩人” 」

「真弓は────優しい、んですね」



真弓にすくわれた伊織さんと花織さん。
ふたりに、私の姿を重ねる。私も、真弓に助けてもらった。

それを “優しい” と形容した私に伊織さんは目を細める。



「さあ、どうだろーね。俺は “運が良かっただけ” だと思ってるよ。マユが俺らのことを助けてくれたのは、ただの気まぐれなんじゃないかな」

「え……」



「マユはたしかに、誰かのことを見境なく助けるけれど────手を離すのも一瞬だから。救ったかと思えば、容赦なく突き放す。そういうところを誰かが “人の心がない” なんて言ったんだろうね。でも、わからなくもないんだ。結局のところ、俺にもマユが何を考えてるかなんて、一生わからないまま」