花鎖に甘咬み




警戒心がすべてなくなったわけじゃないけれど、少なくとも、今のところはそれほど危険なひとじゃないみたい。


ほっとすると、気が緩んで、忘れかけていた空腹がよみがえってくる。

お腹空いた、と思ったそのタイミングで、やっぱりどこまでも正直なお腹の虫が悲鳴を上げた。



────ぐーぎゅるぎゅる……。



恥ずかしさに顔を伏せると、何にも気にしてなさそうな伊織さんが「ああ」と相槌を打った。




「ごめん、お腹空いたよね。すぐに作るよ」

「え、伊織さんが……?」

「もちろん。表向きはココ、中華料理屋だからね。“情報屋” のカモフラがてらに始めたんだけど、なんだかんだ料理もハマっちゃってさ。何でも作れるよ、何がいい?」

「凝り性だからな。伊織が作る飯は美味い」



真弓も口を挟んでくる。



「マユのお墨付きだ、やったね」



伊織さんが無邪気に笑った。

でも、どこか掴みどころがなくて、やっぱり謎が深まっていく。ひとり、うーんと考え込んでいると。



「それじゃあ、テキトーに何品か作るよ。宍戸伊織スペシャルってことで。マユもどーせ、なんでもいいでしょ」

「ああ」



どこから取り出したのか鉄鍋を火にかける伊織さん。

背後にある戸棚の中を確認して「あー」と呟く。



「調味料、いくつか切らしてた。マユ、裏から取ってきてくんない? その間に、俺はちぃちゃんの空腹でも紛らしとくよ」

「わかった」



伊織さんが投げ寄こした裏口の鍵を、真弓が器用に片手でキャッチする。そのまま、真弓は裏口へ向かうけれど、ぎりぎりのところで顔だけ振り向く。


そして、牽制するように、伊織さんに鋭い視線を投げながら。




「未成年だ、酒は出すなよ」