「どうしたの?」
湧人の声に顔を上げた。
「あ〜、アルバイトの社長から。緊急の仕事だって」
「緊急の仕事?」
「うん。お金ないし、ちょうどいいから、このまますぐに行こうかな」
「お金……困ってるの?」
「ちょっと予想外で」
「……え、 大丈夫? お金だったらオレがなんとでも……」
「大丈夫だ。アルバイトすればすぐ貯まるし、出来る事は自分で何とかしたいから」
「でもっ、」
「大丈夫。 じゃあ、今から行ってくる」
あたしはピョンとジャンプする。
そのまま高いフェンスをよじ登り——、
「……ちょっ……何してるのっ!」
湧人が慌ててあたしを止めた。
腰の辺りに手がまわり、すぐにフェンスから離される。
「湧人? どうしたの?」
「どうしたのじゃないだろ! 今、 何しようとしてたの!」
「飛び降りようと思って。屋上から。その方が近道だし」
「……っ! 危ないだろ! ちゃんと昇降口から帰りなよ!」
「だって遠い……」
「だめ! 飛び降りたら危ないの!」
怒ったような、困ったようなその表情……
「でも……」
「でもじゃないから! 普通だったら死ぬ行為だよ! それでなくたってこのあいだ三階から飛び降りて失敗してたのに! だからだめ! いい⁉︎ 分かった⁉︎」
「……わ、かった……」
なんだか昔の湧人がポンとそのまま出てきたようで、あたしはぼーっとしてしまう。
……あ、
なんか幼い湧人の幻影が今の湧人とダブって見える……
「ほら、行くよ!」
湧人があたしの手を引いた。
「……え?」
「帰るんだろ? 昇降口まで一緒に行くから」
「……あ、 うん……」
湧人に連れられ屋上を出る。
繋がれた手はやっぱり少しあったかい……
「もう、バッグも置いたまんまだし、靴だって履き替えなきゃいけないし。 ……あ、先生にはうまく言っとくから」
「……うん……」
あたしはそんな湧人の後ろ姿と、さっきからチラつく幼い湧人の幻影とを、不思議な気持ちで見つめていた……


