“……ザアアアッ……”


思えば結愛(ゆめ)と会うのは雨の日が多かった。

初めて会ったのも雨の降りしきる夜の交差点……

当時から既に役員会議などに出席していた俺はその日も夜遅くまで仕事をし、午前1時を過ぎた頃、ようやく部下の運転する車で帰路についていた。


「……ハァ、」


肌寒くなった秋の候。
溜息が車窓を白く曇らせる……

別に嫌な事があった訳でも落ち込んだりもしていない。

だが、たまに感じる閉塞感が気分を重く湿らせる。


鬼頭会の若頭という責任感、周囲の重圧、プレッシャー。

全てを受け入れ咀嚼するにはまだ心と体が追い付かない、そんな時分……


——キキッ!

急に体が前のめりになった。


「なんだっ! どうしたっ!」


「すみませんっ! ガキが急に飛び出してっ……」


「……あ?」


ふと女が目に入った。

怯えた顔のその女が呆然と車の前に立ちすくんでいる。


「……コラッ! 危ねえだろっ!」


部下の声にビクッとし、女が慌てて歩道へ逃げる。


「……まったく……」


再び動き出す車。

俺は女から視線が離せなかった。

だんだん遠ざかる後ろ姿がどうも気になって仕方がない。


こんな時間に何してる……


制服のまま、雨の中をずぶ濡れで……


俯いて歩くその背中は寂しげで、目を逸らせばすぐに消えてしまいそうだ。


「止めてくれ!」


俺は車を止めていた。


「……若っ!」


車を降り、女の背中を追いかける。


「おい、待て!」

「……!」


掴んだその手は冷たくて、女はカタカタ震えていた……