ビッチは夜を蹴り飛ばす。


 
『おれたち(・・)は誰にも尻尾を振らないよ』


 挑発するように軽く笑ってとん、と小指で絆創膏(ほっぺた)を示す硯くんを前にミレーナがわなわなと怒りに震え出す。


「You intended to do that from the beginning ...? … Do you know the current situation? I'll kill Julian.
 (初めからそのつもりだったのね…? …あなた今の状況わかってる? ジュリアン殺すわよ)」

『どうぞ』

「!?」

『おれは正直この世界でそこの(ばか)以外の全部どうでもいい』


 英語のやり取りに呆けているとはっとしたミレーナの標的が不意にあたしに切り替わる。その隙に硯くんが銃を蹴り上げたことでちゅん、と光が斜め上を通過し穴の開いた壁に目を向けて振り返ると銃が目の前まで滑ってきた。


「That's it.(そこまでよ)」


 微動だにしないジャンの前で屈んだ体勢を取る硯くんにミレーナが新たな拳銃を突きつける。第二の銃。白ボディにゴールドの装飾が成されたそれをミレーナは隠し持ってたんだ。


「... I'm sorry, I thought I could finally hire a talented bouncer for me.
 (…残念だわ、せっかくやっと私に見合う有能な用心棒を雇えたと思ったのに)」

『薄々勘付いてそうだったけど』

「You don't even beg for life. Can you tell me for reference? I wonder what a nice man like you would like to have like that.
 (あなたって命乞いすらしないのね。参考までに教えてくれる? あなたみたいな素敵な(ひと)が、あんな子のどこがいいのかしら)」

見縊(みくび)っちゃダメですよ、あんな顔してるけど惚れた男が死にかけたら平気で他人殺そうとする人間です』


 ほら今も、って日本語で硯くんがあたしに振り向いた時何を言っているのか全くわからない中あたしは銃を握っていた。使い方もわからないのに無意識でミレーナに構えていたそれにへ、と声を漏らしてからミレーナが皮肉げに微笑する。


「Love is over.」










 銃声が耳を(つんざ)いて、顔を上げたら二つの影が倒れていた。


 誰もが目を(みは)った。

 腕を抑えていたジュリアンに硯くん、そしてあたしも一瞬頭が真っ白になったけどはっとして声を振り絞る。


「硯くん」


 ほぼ叫んで駆け寄ったら屈み込んで銃撃を凌いだ硯くんと目があって、赤い目で涙が落ちそうになるあたしに平気の意味を込めて頷くから身体から力が抜けてへたり込む。