ビッチは夜を蹴り飛ばす。

 

 ジュリアンの話によると、彼が店長をしている飲み屋で働いていたミレーナという女性が最近無断欠勤が多くなり、なにか悩みがあるならと聞いていたけど彼女からの言葉はなく最終的にいよいよ全く店に足を運ばなくなり連絡もつかなくなってしまったらしい。


「………で…今朝、今晩店で出すお客様用のワインを仕入れに行った帰りに店に寄ったら中が…強盗に入られたみたいに、なってて…」

「金庫がもぬけの殻だったと」
「…」

「絶対そのミレーナがクロでしょ」

「違うわよっ!」

 ばん、と机を叩かれる前に二人して飲み物の入ったコップを持ち上げる。

「ミレーナは…ミレーナは確かに最近こそ勤怠悪かったけど、それまでは本当に真面目にうちで働いてくれたわ! お客さんからの受けもよかったし絶対そんなことする子じゃない!!」
「けど店で覆面男に襲われて結果腕怪我したんだよね」

 指をさすと、ジュリアンにぎっと睨み付けられた。彫りが深い外人の顔だから厳つくて、思わずおう、と顎を引くあたしに、身を乗り出した体がソファに腰を下ろして震えながら服の内ポケットに手を入れる。

「…煙草いいかしら」
「うちは禁煙」
「あらそう…」

「ね、そのライターかわいいね」

 ジッポのライターみたいな銀色のフォルムに薔薇が彫ってあるタイプのそれだった。日本じゃ滅多に見られないし興味本位で見ているとジュリアンが手に乗せてくれる。

「…いいでしょ、あたしの誕生日にミレーナがくれたのよ。あの子もハードな生活してて、家族のために馬車馬のように働く必要があったから。掛け持ちしてたも一つのバイト先の紋章なんだって、嬉々として喋ってたわ」


 店長のあたしにそんなふうにしてくれる子が簡単に裏切ると思う、って今一度硯くんを睨み付けて、硯くんも逆の立場だからそれ以上はなにも言わなかった。

 前に聞いたことがある、確か。硯くんにとって店長さんは恩人だから、だから頭上がらないし、第二の父だ。宝くじのあるなし抜きにしても、その事実は変えられない。


「ねえお願い、最後まで付き合ってとは言わないからあたしを店まで連れてってほしいの。ひょっとしたらあの子何かの事件に巻き込まれたのかもしれない、さっきは襲われてそれどころじゃなかったけど、きっと現場には何か手掛かりがあるはずよ」


 乗り掛かった船でしょと言われふたりして顔を見合わせる。さすがにくう、とお腹が鳴って、眉を下げたら硯くんに自業自得、って言われた。