「あれ? 奈津美、何か目、腫れてない?」

 朝の挨拶の後にカオルが言ったのが、それだった。


「何? 今度は何なの?」

 まるで奈津美がどんなことで悩んでるか分かっているかのような口調でカオルは言う。


「……ちょっと。今度はって、何」

 まだほとんど口を開いていないのに話を促してくるカオルに奈津美は言い返した。


「だって、何もないのにそんな顔してる奈津美って見たことないし。実際なんかあったんでしょ? それも旬君絡みで」

 そうやって言われると、奈津美は言い返す言葉がない。『何か』があったのは本当だから。

 奈津美は観念したようにため息をついた。


「何か……色々情けなくなっちゃって」


「情けないって、何が?」


「うん……色々……」

 そう言いながら、奈津美は自分のロッカーを空けて荷物を置いた

 はっきりと言わない奈津美に、カオルは首を傾げた。


「旬ってね。自動車整備士になりたかったんだって」

 奈津美が言い、カオルはまだ話の論点が分からずに目をぱちくりさせる。


「へえ? 旬君もやっぱり男の子っぽい夢あったんだ」


「うん……あたしも昨日、初めて知ったの。小さい頃から車が好きで……ああ見えて、高校で理系に進んで、本気で目指してたみたいなの。落ちた大学っていうのも、その方面のところで……落ちたら専門学校に行くつもりだったらしいの」


「え? 元々働くって言ってたんじゃなかったの?」

 前にカオルにも言っていたことなので、それはカオルも疑問に思ったようだ。


「うん……あたし、それも昨日知ったの。そもそも、旬が大学志望じゃなかったっていうのも」


 昨日だった。旬の、大事なことを知ったのは。


 きっと、奈津美は他にも旬のことで、知らないことはたくさんある。

 一年以上付き合っているといっても、奈津美は旬が生きてきた十九年を知っているわけではない。


 知っているわけではないけれど……どうして知ろうともしなかったのだろう。