少し悩んだが、奈津美は発話ボタンを押して、携帯を耳に当てた。

 もし出られなかったのなら、それでいい。


 電波の状態が悪いのか、プツッ、プツッという音が何回か続く。

 ようやくといったところで、呼び出し音に切り替わる。

 一回目……いつも、旬が暇な時だったら、もう出てくれる。しかし、旬は出ない。


 二回目が鳴り終わっても、旬は出なかった。

 普通の人なら、これぐらいで出ないのは普通だ。

 それでも、旬が相手だと、もう出ないのではないかと思ってしまう。

 今の奈津美の心境もあって尚更だろう。


「――もしもし」


 三回目のコールの途中で旬の声が聞こえた。


「あっ……」

 落胆しかけていたので、奈津美の心臓の動きが一気に加速する。


「もしもし、ナツ? どうした?」

 不意で何もいえなかった奈津美に、旬は不安そうな声になっていた。


「あ、もしもし、旬? 今、大丈夫?」

 やっとのことで奈津美はそう言った。


「うん。大丈夫だけど……どうした? 何かあった?」


「ううんっ……そういうわけじゃないんだけど……今、帰ってきたの」


「そっか。何も無かった?」


「うん、大丈夫だったよ」


「そっか。よかった」

 旬がほっとしたのが、電話越しでも分かった。


「……旬、今何してるの?」


「ん? 今、カフェのバイト終わって、着替えるとこ。丁度ロッカー開けたら携帯鳴ったんだ」


「そう……今から、居酒屋の方行くの?」


「うん、そうだよ」


「そう……」


 旬の声を聞いてしまったら、会いたくなってしまった。

 しかし、勿論そんなことは言えない。