「……こんな時に笑えってのは無神経かもしれないけど」

 額に唇が触れるか触れないかのところで、旬が口を開いた。


「でも、無理して笑わなくてもいいから、少なくともナツのせいだとか思って落ち込んだりしないでほしい」


「……うん」


 そうだ。落ち込んでばかりだと、また旬を不安にさせてしまう。


 奈津美は旬の体に腕を回した。


 大丈夫。何があっても、この場所があるから。



「あ、そろそろ支度しないと」


 ずっとこうしていたいけれど、そういうわけにもいかない。


「え……支度って、ナツ、仕事行くの?」

 旬は目を丸くして奈津美を見る。


「……今日は、休んだ方がよくない?」

 心配そうに奈津美を見て、旬は言う。


 奈津美は黙って首を横に振った。


「家に一人でいた方が、落ちつかなそうだから。だから、行ってくる」


 旬が心配するのは尤もだ。

 しかし、家に居た方がふさぎこんでしまいそうな気がする。

 無理矢理にでも外に出て、いつもと同じことをする方が、昨日のことなんて忘れてしまえそうな気がするのだ。


「大丈夫。無理だと思ったら早退させてもらうから。それにカオルもいるし……」

 尚も不安そうな旬に奈津美は言った。


「カオルさんはストーカーのこと知ってるの?」


「うん。カオルには色々話聞いてもらったりとかしてて……あ」


 そこまで言ってしまって、奈津美は口をつぐんだ。

 言わない方がよかったことかもしれない。


 旬に言えなかったことを、カオルにはあっさりと言ったみたいで、バツが悪い。

 昨夜、さんざん不安にさせてしまったのに……