「ナツの気持ちは分からないことはないよ。男の俺には言いづらかったんだろうし。でも、こんなことになって、もし手遅れだったらどうすんだよ」

 旬の声はだんだん責めるように強くなった。


 こんな風に言われてもしょうがない。

 もし、旬にもう少し頼っていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。こんな恐怖を味わうこともなかったかもしれないのに。


「俺……怖かったんだからな」

 旬の声が震えていた。


 予想もしていなかった言葉を聞いて、奈津美は顔を上げて旬を見た。


「ナツから電話あって……俺、何も知らないからわけ分かんなくて、ナツが危ないってことしか分かんなくて……マジで、ナツになんかあったらどうしようかってすっげえ不安で……」

 旬の目には涙が溜まっていく。それがこぼれる前に、旬は手の甲で目元を擦った。


「俺も、気付けなかったけど……言ってほしかった。言ってくんねえとわかんねえよ……」

 旬の言うことが、旬が泣くのを必死に堪えようとしている姿が、奈津美には突き刺さるように痛かった。


「ごめ……ごめんなさい」

 奈津美も涙を流しながら言った。


「ごめんなさい……旬、ごめんなさい」


 今更思っても遅いけれど、こうなるならちゃんと旬に言っておけばよかった。


 そうすれば、心配はさせても、旬を不安にさせることはなかった。


 自分のせいで、旬にまでこんな思いをさせたくはなかったのに。


「……謝んなくていい」


 旬が強く奈津美を抱き締めた。そのあとすぐに、洟をすする音がした。


「無事で……無事でよかった。ホントに」

 そう言って、更に強く奈津美の体を抱き締めた。


 旬の腕の中で、奈津美は更に涙を流した。


 本当に、どうして言わなかったんだろう。


 今回は運がよかったものの、もしかしたら、もう二度と、この腕の中にいることはできなかったかもしれない。


 強い後悔と、ここに戻ってこられてよかったという安心感で、奈津美は小さく声を上げて泣いた。


 旬は、たまに洟を啜りながらも、ゆっくりと優しく、奈津美の背中を撫でてくれていた。