静かな廊下に足音が聞こえた。


 顔を上げると、警察官と一緒に、旬が歩いてくるところだった。


 立ち上がると、上手く力が入らずにふらついた。

 しっかりと踏ん張って真っ直ぐ立った。



 旬は、一度だけ奈津美を見ると、すぐに視線を下に向けた。


「今日はもう帰っていいですよ」

 旬の隣に居る警察官が言った。


「彼のしたことは……まあやり過ぎってとこもあるけど、あなたを防衛するためのことだったってことにしておきましょう。犯人の怪我も大したことないし」


 少しめんどくさそうに頭を掻きながらそう告げる。


「また何かあれば連絡いくと思うんで。今日のところは帰ってください。帰りは気をつけて下さいね」


 そうばっさりと言うと、奈津美達が何かを言う前に、警察官はさっさと引き上げていった。



「……帰ろう」

 ポツンと取り残されたところで、旬が言った。


「うん……」

 奈津美が頷くと、旬は黙って奈津美の手を取って、歩き出した。



 旬は、奈津美のことは見ず、前だけを向いていた。


 奈津美は旬に引っ張られるようにして歩いていた。

 二人の手の長さの分だけ、旬のほうが前に出ている。


 パンプスのストラップが切れてしまったせいで歩きづらい。

 何度も躓いて、その度に旬は後ろを向いて『大丈夫?』と聞いてくれた。


 だけど、奈津美と目は合わさなかった。




 帰る道がとても長く感じたが、やがて奈津美のコーポに着いた。


 エントランスで、郵便受けの下に散らばった写真に、二人同時に気付いた。


 旬が何も言わず、奈津美の手を離して、すぐに拾い集めた。

 しゃがんでそうする旬の背中を、奈津美はただ立ち尽くして見ているしかできなかった。


 全て拾い終えると、旬はまたちゃんと奈津美の手を繋いでくれて、そのまま奈津美の部屋へと向かった。