「いやっ!」

 奈津美は覆いかぶさってくる男に必死に抵抗した。


 しかし、女の奈津美が男の力に敵うはずかなく、男の体はなかなか離れなかった。


 奈津美は男に痛いくらいに両手首を捕まれ、無理やり地面に押しつけられた。


 男の息は荒かった。

 奈津美を追いかけて走っていたからなのか、興奮状態であるのかは分からない。

 その息が顔にかかると、嫌悪感で鳥肌が立った。


「まいみちゃん……」

 男の声がそう言った。


 奈津美は、自分以外の名前が呼ばれて混乱する。


 誰、まいみって……


 しかし、最近聞いたことがあるような気がして、奈津美は記憶の糸を辿る。



『夢咲まいみって知ってます?』



 ……あれだ。後輩の男性社員に聞かれた、奈津美に雰囲気が似ているというAV女優の名前だ。


 まさか、この男は、奈津美のことをその『夢咲まいみ』と勘違いしているのではないか。


「ち……違っ……私、まいみなんかじゃ……」


「知ってるよ」

 震えながら否定しようとした奈津美を、男が遮った。


「え……」

 自分の推測を否定されたようで奈津美は困惑する。


 でも確かに、ストーカーするほど好きならば、本物と偽者の区別がつかないのはおかしい。

 だが、それならどうして、分かっていて奈津美をこんな目に遭わせているのだ。


「でもさぁ、似てるからまいみちゃんなんだよ。俺にとってはさぁ」


 狂ってる。言ってることが滅茶苦茶だ。


 似ていればいいのか。それが本人でなくても。そして、こんなことをしても。


「まいみちゃんは裏切ったんだよ。俺の方がまいみちゃんのこと分かってるはずなのに、他の男の子供なんか作ってさ」


 これは、本物の『まいみ』の方の話だろうか。

 でも、奈津美にそんなことを言われたって知るわけもないのに。


「おまえも」

 男の声が低くなった。ビクッとした瞬間、男の手が奈津美の首に纏わりついた。

 生ぬるいような、妙に生々しい体温に、体が強張った。