翌日、奈津美は約束の時間を今か今かと待っていた。


 約束の時間は九時半で、今は九時十五分である。

 何だか今日は早く準備が済んでしまった。


 髪を短くしたので巻き髪にしたり、ヘアスタイルにこだわる必要がなくなったというのもあるが、早く旬に会いたいという気持ちがそうさせた。


 いつも旬が約束の時間より早く家や待ち合わせ場所に来るのは、こういう気持ちなのかと奈津美は思う。

 ……とはいっても、今日の奈津美の気持ちはその旬の気持ちとは全く違うものであるだろうけど。


 奈津美は玄関に行き、ドアスコープから外を覗いた。

 すると、ドアスコープの視界の左端に何かが映った。

 しかし、すぐに見えない左側に引っ込んで、見えないところに消えた。


 多分、隣人が部屋の前を通ったのだろうと、奈津美は何も気にしなかった。


 ドアスコープからは誰もいない通路が見える。まだ旬が来る気配もないようだ。


 ……何やってんだろ。


 ドアにくっついてこんなことをしている自分に対し、奈津美は急に恥ずかしく思った。


 いつも時間より早くは来ないでって言っているのに。

 旬だって、五分以上は早くくることなんてないのに。


 そっとドアから離れた時、ドアの向こうで足音がした気がした。


 すかさずまたドアスコープを覗くと、旬が右側から視界に入ってきて、ドアの前に立った。


 それと同時に、奈津美は玄関を開けた。


「おわ! びっくりした!」

 インターホンを押そうと人差し指を伸ばした状態で旬は肩を震わせた。


「あ……おはよう、旬」

 思わず飛び出してしまってから、奈津美は固まった。衝動的に出てきてしまったが、その後のことは考えていなかった。


「おはよ、ナツ。どしたの?」

 旬は首を傾げている。


「……えっと、早く支度出来ちゃったから、旬、もうすぐ来るかなって思って……」

 最後のほうは尻すぼみになって、声が小さくなる。

 それでドアスコープを覗いて待っていた、とまでは言えない。