奈津美は慎重に、旬の前髪にはさみを入れていく。

 集中しすぎるあまり、自然と息が止まって、旬の顔に近付いてしまう。


「ナツ」

 旬がじっと奈津美を見つめる。


「何?」

 奈津美は集中したまま返事をする。旬の視線はその動く唇に釘付けだ。


「言っとくけど、はさみ持ってる時にふざけてきたらどうなるか分からないからね」

 旬が口を開く前に奈津美はビシッと言った。


「うん……」

 旬は大人しく引き下がった。


「これでいいかな……」

 奈津美はふうっと息をついた。


「どんな感じ?」

 旬はローテーブルに置いてある鏡を覗き込む。


「……あれ? そんなに変わってないかも……」

 奈津美は改めて見てみて、切る前とあまり変化のないことに気付いた。


 切り過ぎないように切り過ぎないようにと意識して、少しずつ切っていたのだが、思った以上に変化がない。


「ううん。結構違うよ。前より邪魔になってないし」

 旬は自分の前髪を上目使いになって見ながら、言った。


「ホント? それならよかったけど……」


「うん。ありがと、ナツ。……でもさ、ナツ、前髪切るのも緊張しすぎ」

 旬は鏡を置いてケラケラと笑っている。


「しょうがないでしょ! 失敗したくなかったんだから!」

 奈津美はそう言い返しながら片付けをする。


「もー。俺のためにそんな頑張っちゃってー。ナツってばホント俺のこと好きだな」


「そんなんじゃない。失敗して変な前髪になった人と外歩きたくなかっただけ」

 冷たく言い放ち、奈津美はガムテープで落ちた髪の毛を取る。


「んなヒドい言い方するー?」

 旬は不服そうに口を尖らせた。


「だって、旬も嫌でしょ? 失敗したら」


「ううん。ナツが切ってくれたんならどんなんになってもいいし。多分、自慢して回ると思う」

 旬はひょうひょうとして言う。


「……やっぱり失敗しなくてよかった」

 独り言のように呟いて、奈津美は旬のTシャツに付いた髪の毛をガムテープでペタペタと取っていった。