遅い。


 奈津美はさっきから、何度も時計と携帯を見比べていた。

 旬とコーポの前で別れてから、もう三十分以上は経っている。

 もう旬はとっくにマンションに着いているはずだし、いつもなら電話がかかってくるはずなのに。


 珍しい、では済まないことが起きてる。


 帰ったら電話する、と、旬の方から言ったのに。


 何かあったのだろうか。というか、何があったのだろうか。


 旬の様子がいつもと違ったのはさっき分かったけれど、それと関係あるのだろうか。


 じっと携帯を見つめていたら腹の虫が空腹を訴えた。

 帰ってきてから、ずっと旬からの電話を待っていて、夕食の準備がストップしている。


 いい加減ご飯食べよう。

 奈津美は立ち上がって台所に向かい、食事の準備を始めようとした。



 と、そこで携帯の着信音が流れた。

 奈津美はすぐさま反応して、リビングに戻る。

 ローテーブルに置いた携帯を見てみると、着信で、旬からだった。


 やっとかかってきた。


 旬からの着信にほっとすると、奈津美はまず深呼吸し、気持ちを落ち着けてから通話ボタンを押した。


「もしもし」


「あ、ナツ?」


 電話に出た瞬間、違う人かと思った。

 勿論声は旬のものだけれど、その声の調子はいつもと大分ちがった。さっき話した時とも、全く違った。


「旬……遅かったね。今家に着いたの?」

 怒ってる、というニュアンスにならないように気をつけて、奈津美は言った。


「ううん……つうかさ……やっぱ、ナツんち行っていい?」


「え?」

 予想外の返答に、奈津美はきょとんとしてしまう。


「今、下まで来てるんだ」


「えっ……」

 さっきから『え』しか言ってない。

 返す言葉がそれ以外見つからなかった。